オーストラリア史上最悪の銃乱射事件はなぜ起きた? 『ニトラム』J・カーゼル監督に聞く
「ニトラムをただのモンスターにはしたくなかった」
ーー本作には、ニトラムが家族以外ではじめて深く関わることになる、ヘレンという女性も登場しますね。
カーゼル:この映画は、ヘレンとニトラムの場面から撮り始めたんです。2人のシーンは、ラブストーリーのような、美しく優しいものでした。社会から阻害されている2人が、自然の中で彼らだけの天国を作っていったんです。2人は悲劇的な別れを迎えますが、もし不幸な出来事さえ起きなければ、幸せに暮らしていけたと思います。ヘレンはニトラムが抱えている困難さに対して忍耐強く接することができる人で、他の人のようにジャッジしません。だから、ヘレンがいなくなって、ニトラムはより自分自身を孤立させていくことになるんです。
ーー社会からの孤立という問題は、コロナ禍を経てより浮き彫りになりましたね。
カーゼル:私たちはこの2年間で、いかに簡単に社会から隔絶されてしまうのかが分かってきたと思います。最終的に悲惨な事件を起こした人物を描く際に、共感の扱いについては、非常に気をつけなければなりません。ですが、このニトラムというキャラクターは、私たちにとって身近に感じられる存在であるべきだとも思っていました。最初から最後まで恐ろしい、ただのモンスターについて撮りたくはなかったんです。通りでああいう人を見たことがあるな、同級生でこんな人を知っているな、という親しみを感じさせる存在であることが重要でした。毎日の生活の中で見かける人がだんだん危険になっていく時に、自分がそれを防ぐ解決法の一部になるのか、それとも助長して最悪の決断をさせてしまうのか。そういう問題提起をしたかったんです。
ーーニトラムに最悪の決断をさせてしまった最後のひと押しは何だったのでしょうか?
カーゼル:これひとつ、という大きな分岐点があったわけではないと思います。この映画では、さまざまな影響、不幸な出来事が重なって、彼の背を押してしまったということを描きたかったんです。父親やヘレンとの別れは大きなインパクトがあったと思いますが、岐路はたくさんあって、全部が影響していると思います。
ーー最後に、あなたがオーストラリアで映画を撮り続ける理由を教えてください。
カーゼル:私は『アサシン クリード』を撮り終えた頃から、もっと自分にとって親密さを感じられるものを作りたいと思いはじめました。アーティストとして自分自身について理解したい気持ちもあって、オーストラリアの人たちとまたコラボするようになったんです。脚本家のショーンをはじめ、オーストラリアのクリエイターたちと仕事をしていると、とても勇気づけられますし、映画との強い繋がりを感じられます。ですが、2作続けてオーストラリアの映画を作ったので、今は海外のものを作っているんですよ。
ーーローラ・ダーン主演の『Morning(原題)』ですね。
カーゼル:はい。私自身オーストラリア映画を観て育ってきたので、オーストラリアの監督たちを愛する気持ちはこれからも変わりません。ですから、オーストラリア出身の監督が海外に行ってしまって帰ってこないのはとても残念だと感じますし、もっとオーストラリアを舞台にした映画が撮られるべきだと感じています。
■公開情報
『ニトラム/NITRAM』
公開中
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジュディ・デイヴィス、エッシー・デイヴィス、ショーン・キーナンほか
監督:ジャスティン・カーゼル
脚本:ショーン・グラント
配給:セテラ・インターナショナル
2021年/オーストラリア/英語/ヴィスタ/110 分/原題:NITRAM/日本語字幕:金関いな
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