『余命10年』原作を昇華させた見事な脚色 藤井道人監督の強い思いも感じる一作に

『余命10年』が教えてくれる日常の幸せ

 映像的な工夫もそれらを連想させる。冒頭でのホームビデオのような映像からは、茉莉の一人称視点で家族や自分の身近な世界をどのように見つめていたのか、観客にわかるように差し込まれており、まるで自分ごとのように共感するのではないだろうか。

 また、今作では背景がとても美しく、例えば春には桜の美しさが目に付くが、これも内容に合わせて物語の前半と後半では実際に1年ずらして撮影するなど、同じ桜だとしても見え方が違うことが意識されている。作中では当時の菅官房長官が令和の年号を発表した瞬間がテレビで放送されている場面があるが、茉莉が生きた時間を表すとともに、観客とも共有できる象徴的な出来事として表現されている。

 夏祭りなどの楽しかった時間を細かくカットして観客に見せる手法からは、物語外でも積み重ねられた茉莉や和人の時間を感じさせる。このように本作は時間をテーマに、スローモーションなどたくさんの映像的な工夫を用いて、余命10年という限られた時間と、その中で生きた茉莉の思いを映像的に映し出そうという意欲が見える。

 余命10年というと、一般の健康的な人々には、まるでフィクションのように感じられるかもしれない。しかしそれは、誰も実感していないだけで死は確実にいつか起こりうる。そしてそれは藤井監督も、別の形で感じているのではないか、と思わせる言動があった。

 2月20日に放送された『情熱大陸』(MBS・TBS系)にて特集された藤井監督は、番組の最後で「残り数年の監督人生かもしれないので」というようなことを語っていた。ナレーションでは謙虚な姿勢と語られていたが、この発言は本心からくるものだったのかもしれない。『新聞記者』での日本アカデミー賞受賞などの輝かしい功績があっても、次の作品が保証されているわけではない。5年後、10年後の未来は見通せないのが監督業というものだろう。

 そのいつか来るかもしれない終わりに対して真っ直ぐに意識しているからこそ、本作のような作品を制作したのではないだろうか。懸命に残された時間を生き、小説を書き遺した茉莉の姿には、原作者である小坂さんの思いとともに、映画監督である藤井道人の思いも重なっているように筆者には見える。

 残された時間の中で懸命に生き、そして家族や周囲の人々への思いを残しながら、自分の生きた証として小説を書く。それは余命10年という宣告を得たからこそ、気づいた人生の過ごし方かもしれない。10年後自分が死ぬとしたら何をしますか? その思いを抱きながら後悔のないように生きることの大切さを教えてくれる作品だ。

■公開情報
『余命10年』
全国公開中
出演:小松菜奈、坂口健太郎、山田裕貴、奈緒、井口理、黒木華、田中哲司、原日出子、リリー・フランキー、松重豊
音楽・主題歌:RADWIMPS「うるうびと」(Muzinto Records / EMI)
原作:小坂流加『余命10年』(文芸社文庫NEO刊)
監督:藤井道人
脚本:岡田惠和、渡邉真子
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2022映画「余命10年」製作委員会
公式サイト:yomei10-movie.jp
公式Twitter:@yomei10movie

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる