『ウエスト・サイド・ストーリー』が示したメッセージと、作品に落とされたネガティブな影

 一方で本作には、この点について問題があることを指摘しなければならない。それは製作中に発覚した、主演俳優アンセル・エルゴートの性的暴行疑惑である。その疑惑とは、彼が20歳の頃に17歳の少女に対して同意のない性行為に及び、キャリアのために口外しないことを要求したという内容だ。エルゴートはその件について、当時一方的に連絡を断つなど残酷な行為をしたと反省しながらも、同意はあったと主張し、疑惑を否定している。被害を受けたとされる女性は、この話をSNSで公開し、その後アカウントを削除している。法的な問題には発展しなかったので、この件における真相は、これ以上は分からない状況だ。

 その疑惑は当然、当時製作中だった本作にまで波及した。本作で見事な歌声を披露した、もう一人の主演俳優レイチェル・ゼグラーが、最近のインタビューで、この撮影が2年半前に行われたと主張するように、主演をスキャンダル発覚時点で降ろすことは困難な状況だったと推察される。とはいえ、作品のテーマを考えれば、この流れを知っている観客が複雑な感情に襲われてしまうのは避けがたいことだ。大勢の映画人たちの素晴らしい技術と熱い想いが結集した本作に、一つの疑惑がネガティブな影を落としてしまうこととなったのである。

 被害を受けたとされる女性の立場を考えれば、この一件を前向きな言葉で語ることは難しい。なぜなら被害者にとっては、映画の存在自体が暴力になり得るし、それを語る者の言葉が圧力になり得るからである。では、本作を観たわれわれは、どうすればいいのだろうか。それは、映画が示したメッセージを反芻するのと同じように、この件についても考え、様々な弱い立場の人々の気持ちを想像する姿勢に繋げていくということではないだろうか。本作のテーマに共感し、共鳴するならば、そのこともセットとして考えざるを得ない。本作に落とされた影もまた、『ウエスト・サイド・ストーリー』の一部になったということである。

■公開情報
『ウエスト・サイド・ストーリー』
全国公開中
製作:監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
作曲:レナード・バーンスタイン
作詞:スティーヴン・ソンドハイム
振付:ジャスティン・ペック
指揮:グスターボ・ドゥダメル
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、マイク・ファイスト、デヴィッド・アルヴァレス、リタ・モレノ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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