『ホークアイ』は何を描いていたのか クリントをふたたびニューヨークに立たせた真意
映画のみならず、ドラマもまだまだ好調のマーベル・スタジオ作品。2021年の最後を締め括るのは、ジェレミー・レナー演じるアベンジャーズの一員、“ホークアイ”ことクリント・バートンを主人公に、ヒーローの名をそのままタイトルとした『ホークアイ』である。
『ブラック・ウィドウ』や『ロキ』などと同様、これまで主人公としてのシリーズがなかったキャラクターによる記念すべき作品となった本シリーズ。その内容は果たしてどうだったのだろうか。ここでは、ドラマが描いた内容を振り返りながら、『ホークアイ』が、実際には何を描いていたのかを、できるだけ深く考えていきたい。
舞台は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)から2年後、クリスマスまで数日と迫ったニューヨークだ。そこでクリント・バートンは新たな戦いと、思いがけない出会いを経験する。それは、マーベル・スタジオからのクリスマスプレゼントとして、ディズニープラスでの配信開始時期に合わせた趣向でもある。
ニューヨークでクリントは、自分の子どもたちとともに、アベンジャーズの“ニューヨーク決戦”を題材としたブロードウェイのミュージカルを観劇していた。その舞台の上では、ホークアイを演じている俳優も歌って踊っている。実際のヒーローがヒーローを歌で讃えるミュージカルを観るというのは、かなりシュールで笑える構図だ。しかしクリントは居心地が悪くなり、思わず劇場から通りに出てきてしまう。それもそのはずだ。クリントはかつてアベンジャーズとして「ニューヨーク決戦」を戦い、その後もウルトロンとの戦いやサノスとの戦いに勝利して、地球どころか宇宙の生命を救い、家族を取り戻した。しかし、その戦いの過程で失ったものも大きかったのである。
スーパーパワーを持たない彼が、アベンジャーズとして命懸けの戦闘を繰り返してきたことはもちろん、“デシメーション(指パッチン)”で家族を突如として奪われたことで一時的に理性を失い、ホークアイではなく“ローニン”として、闇社会の人間を殺害するような生活を送るという経験。そして、そんな境遇から救い出してくれた“ブラック・ウィドウ”ことナターシャ・ロマノフ(スカーレット・ヨハンソン)を、目の前で失った経験……それらは彼の精神に暗い影を落としていたのだ。
彼の状態は、“ウィンター・ソルジャー”ことバッキー・バーンズ同様にPTSDに悩まされる、戦場からの帰還兵に重ねられるはずである。そんなクリントが、自分の戦いをエンターテインメントとして表現するミュージカル舞台を観ていられなくなる気持ちは理解できる。本シリーズは、このようにクリント・バートンの心の傷と、その微妙な変化を描く部分がメインとなるのである。
クリントは報道で、意外なものを目にすることとなる。“ローニン”として活動していた頃に自分が着ていたスーツを身につけた何者かが、ニューヨークで何らかの動きを見せているのだ。しかし、さすがホークアイといったところか。すぐさまクリントは、単独でその人物を追い詰めることに成功するのだった。そして、謎の“ローニン”の正体は、ホークアイに憧れて弓の訓練をしてきたという少女、ケイト・ビショップ(ヘイリー・スタインフェルド)だったことが明かされる。彼女が、本シリーズのもう一人の主人公となるのである。
ケイトは幼い頃、2012年のニューヨーク決戦に巻き込まれ、父親を失っていた。しかし、そこで必死に戦う弓使い・ホークアイの活躍を目撃して、彼女は彼のようなヒーローになることを夢見るようになったという。たしかに、ニューヨーク決戦の映画『アベンジャーズ』(2012年)公開時から、リアルな時間でも約10年、シリーズの設定ではそれ以上の時間が経過しているのである。クリントを演じるジェレミー・レナーも、彼の活躍を追ってきた観客も、それだけ年を取ったということだ。
ニューヨーク決戦時のアベンジャーズのヒーローが次々に姿を消していくなか、クリントもまた引退を考えることは避けられない。ケイトは、その後継者になり得る存在といえよう。しかし彼女はまだ年若く、強大な敵と渡り合うだけの技や経験がない。ケイトの課題は、まずホークアイにヒーローとしての力を認められることである。その意味では、二人が協力してさらなる脅威に挑むこととなる本シリーズは、彼女にとって師匠を目の前にした実技試験であり面接でもあるのだ。