『ハンドメイズ・テイル』S4が描いた、女性の“怒り”への対応 ジューンに起きた変化とは
米テキサス州で「ハートビート法」と呼ばれる人工妊娠中絶を実質的に禁止する州法が今年9月から施行され、激しい論争を巻き起こしている。これは胎児の心拍音が確認できる妊娠6週目以降の中絶を禁止するもので、妊娠した経緯(性犯罪の被害によるものなど)は一切考慮されない。またこの州法の特徴は、中絶に関わった医療関係者を一般市民が訴えることができ、裁判に勝てば報奨金がもらえるという点にもある。報奨金目当ての裁判が起こる可能性もあり、問題視されているのだ。
人工妊娠中絶は、むかしからアメリカを二分する大きなテーマの1つだ。1980年代に大統領だったロナルド・レーガンは、中絶禁止を公約に掲げていた。宗教的なイデオロギーを政治に組み込み、保守層の支持を得るためだ。1985年、カナダの作家マーガレット・アトウッドはこの動きを見て、このままアメリカがキリスト教原理主義に支配されたらどうなるか、というアイデアからSF小説『侍女の物語』を執筆する。そして2017年、これを原作としたドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』がHuluで製作・配信され、物議を醸すと同時に高い評価を獲得した。『ハンドメイズ・テイル』は“遠くない未来”を舞台としており、それが現代の社会情勢を如実に反映しているからだ。特にシーズン1が配信された当時、アメリカはトランプ政権下だったこともあり、多くの人が危機感を持ってこのドラマを見守ってきた。80年代に書かれた小説と、現代の状況がリンクしているというのは皮肉なことだ。
『ハンドメイズ・テイル』の舞台となっているのは、キリスト教原理主義にに支配された独裁国家ギレアド共和国。そこでは妊娠可能な若い女性は「侍女」として「司令官」と呼ばれる政府高官の家に派遣され、子どもを産む役割を強制される。妊娠し、無事に出産すれば彼女たちの役目は終わり。子どもとは引き離され、次の家に派遣される。女性は政府高官の「妻」や家事全般を担う「女中」、そして「おば」と呼ばれる侍女の教育係と、それぞれに役割を与えられており、厳しい規則と監視の下で暮らしている。主人公ジューン(エリザベス・モス)は生き別れた娘ハンナを探し出し、ともにギレアドから脱出するために闘っていく。
シーズン1からシーズン3にかけて、ギレアドを舞台にジューンの闘いを描いてきた本作は、今年8月から配信が開始されたシーズン4で少し様子が変わってきた。正直に言って、いち視聴者として個人的には少々戸惑っている。ここではシーズン4でジューンに起こった変化を中心に、本作のメッセージを拾っていこう。なお、ここから先はシーズン4までのネタバレが含まれるので、ご注意いただきたい。
原動力、もしくはトラウマへの対処法としての“怒り”
シーズン4のジューンは、とにかく怒りまくっている。もちろんこれまでも強い怒りを内に秘めていたのだが、今シーズンではその発露が異常とも思えるほど激しく、攻撃的だ。リーダーであるジューンのそんな様子に、ほかの侍女たちも感化されていく。追手が迫りくる逃走生活のなかで、彼女たちが出会った幼いキーズ夫人(マッケナ・グレイス)もそうだ。老いた司令官のもとに「妻」として派遣された彼女は、妊娠するために多くの男たちに蹂躙されていた。ふつふつと煮えたぎっていたその怒りは、ジューンの導きによってついに爆発する。彼女はジューンに“誇りに思って”もらうために、自分をレイプした男の1人を殺した。そうした行為はやりすぎとも思えるが、彼女たちにとって、その怒りは自分の尊厳を取り戻すため、そしてギレアドから脱出し、自由を獲得するための原動力として必要だったのだ。そんななか、ジューンは期せずしてカナダに脱出。ギレアドの異常な環境では正当に見えていた彼女の怒りは、平和なカナダでは異常に見える。早い段階でカナダに亡命していたモイラ(サミラ・ウイリー)や、かつてレジスタンスとしてともに行動しながら、一足先にギレアドから脱出していたエミリー(アレクシス・ブレデル)は、そんなジューンにドン引きしてしまう。
しかし特にカナダにやってきて日が浅いエミリーは、自分の怒りに向き合う必要があった。あるとき元侍女たちの互助会に、かつてエミリーと彼女の配属先の女中が同性愛関係にあることを密告し、女中を絞首刑にしたアイリーンおば(カーリー・ストリート)が訪ねてくる。赦しを乞う彼女をジューンは激しくなじり、エミリーも謝罪を受け入れない。後日、エミリーが彼女のもとを訪ねると、アイリーンは首を吊って自殺していた。その後の互助会でジューンはエミリーに、ほとんど無理やり「彼女(アイリーンおば)が死んでうれしい」と言わせる。ジューンのやり方が正しいかどうかには疑問があるが、エミリーにはカナダでの生活で、道徳心に押さえつけられていた自分の本当の感情や怒りを認める必要があった。それはトラウマを乗り越える最初の一歩でもある。彼女が本当にアイリーンの死をよろこんでいたかはわからない。しかしギレアドで受けた屈辱や悲しみ、そして怒りを思い出したことは確かだ。それにどう折り合いをつけるのかは彼女次第だが、エミリーはジューンの復讐に協力することになる。
現実の世界でも、女性が“怒り”を顕にすると批判されることが多い。たとえば男性が怒りにまかせて周囲を怒鳴りつけるのと、女性が同じようにするのとでは、女性の方がより非難され、“異常”だと見なされる。もちろん怒鳴ることは暴力と同じなので、性別に関わらず許されることではないが、男性の方が容認されやすい傾向にあるのではないだろうか。今シーズンでのジューンは、本当にしょっちゅう怒鳴り散らしている。エリザベス・モスの迫真の演技も相まって、こちらまで恐怖を覚えるほどだ。しかし先述のエミリーに無理やり感情を認めさせるシーンで、ジューンが彼女を諌めようとするモイラに言った「怒っちゃダメなの?」というセリフは印象深い。ここでジューンが“異常”だと思っていた視聴者は、自分も社会的な感情の規範に捕らわれていることに気がつくだろう。女性だってもちろん怒っていい。侍女たちはギレアドで人権を奪われ、尊厳を傷つけられてきた。怒って当然だ。むしろ、怒るどころの騒ぎではないだろう。ジューンはギレアドのすべてを憎み、特に直接自分を虐げてきたウォーターフォード夫妻への徹底的な復讐を誓う。しかしそれが遂げられたとき、彼女は本当に満足することができるのだろうか。
さまざまな“強さ”のあり方
ジューンがカナダに脱出する直前まで行動をともにしていたジャニーン(マデリーン・ブルーワー)は、レジスタンスのなかで最もか弱い存在だった。侍女として派遣される前の訓練センターで、反抗の罰として片目を奪われた彼女はすっかり従順になり、担当教官であるリディアおば(アン・ダウド)にも気に入られていた。しかし純粋で他人に影響を受けやすい彼女は、ジューンについていくようになる。多くの仲間が犠牲になるなかシカゴにたどり着いた彼女たちは、ギレアドへの抵抗勢力に拾われた。ジューンたちは味方を得たかに思われたが、彼らもまたギリギリの生活をしているのだ。リーダーのスティーヴン(オマール・マスカティ)は、“見返り”がなければ服も食べ物も提供できないという。ジューンはここでも性的な役割を担わされることを拒否するが、ジャニーンは大切な仲間である彼女と一緒に生き抜くため、彼の要求を受け入れた。彼女は、「やるべきことをやった」のだ。ジューンには、目的を果たすために、なにがなんでも信念を貫く“強さ”がある。一方でジャニーンが持っているのは、状況に柔軟に対応する“強さ”だ。それは、最終的には目的を果たすため、という点でジューンと共通している。彼女たちはそれぞれの“強さ”を発揮し、補い合っているのだ。『ハンドメイズ・テイル』ではこれまでにも女性の連帯が描かれてきたが、守られるばかりの存在と思われてきたジャニーンにも、ジューンやほかの侍女たちにはない強みがあることが描かれ、より存在感を増した。