日本版『CUBE』とオリジナル版『キューブ』を比較考察 見えてくる日本映画の課題

 そして、そんな一連の流れを表現するのに、外界の世界を映した回想シーンが用意されているのも、首を傾げるところだ。オリジナル版の『キューブ』が世界に衝撃を与えたのは、物語がほぼ立方体の部屋の中で進行するという思い切りの良さだった。ハリウッドの大手スタジオの映画のような予算をかけたロケ撮影などに頼らず、ストイックにほぼ同じセットだけで撮影を完了したことが、観客に息苦しい閉塞感を覚えさせるとともに、前衛的な雰囲気をも与えていたのである。つまり、“よくある娯楽映画”ではないところに魅力が存在するのだ。

 本作は、そこに日本的な“情緒”を持ち込み、回想シーンや日本国内の人気キャスト、タイアップ曲などを付け加えた。まるで、シンプルにデザインされた幾何学的な石庭に、わざわざミスマッチな物体を運んできたようなものだ。オリジナル版の魅力を活かそうとせず、“よくある娯楽映画”に近づけるのであれば、『キューブ』をリメイクした意味そのものが崩れてしまうのではないだろうか。そこには、娯楽的な“邦画”における現在までに先鋭化させてきたことで生まれた、システムや慣習の限界を端的に表しているように感じられるのである。

 とはいえ、これは日本国内でのマーケティングのみを考えるのであれば、一方的に間違った姿勢とは断言できないかもしれない。本作は、オリジナル版の創造者ヴィンチェンゾ・ナタリ監督が製作にかかわり、本作ならではのトラップについてアイデアを提供し、物語の内容について一定の評価を与えてもいる。『キューブ』という題材の可能性や拡張性は、日本の情緒や慣習をもとり込んだバラエティ性を表現できる強靭さがあるという考え方もできるのだ。ただ今回の試みは、世界的に評価が高まっている韓国の映画・ドラマの近年の進化とは、かなり違った方向だという点については留意しておくべきだろう。

 一方、俳優陣の奮闘には見どころがある。菅田将暉のトラウマに苦しむ演技や、岡田将生がダークな人格を解放させていく演技は、脚本が書ききれなかった余白を俳優の力で補っている箇所だといえよう。とくに岡田のキャラクターに注目すると、脚本上で社会問題を反映させようとした意図が垣間見える。しかし、それがいまの日本の問題をすくい取っているのかという点については疑問を感じるところだ。

 確かに、オリジナル版『キューブ』が公開された90年代当時は、日本社会を含め、世界の国々で個人のアイデンティティの問題を描くことが求められていた。自分が歯車としてシステムの一部になっていくことへの恐怖が、構造物の中で生き絶える人々を描くことによって、『キューブ』の物語に暗示されていたのである。そして日本では、社会現象となった『新世紀エヴァンゲリオン』が、閉塞した内面世界からの脱出を最終的なテーマとして着地することになったのだ。

 劇中で岡田によって演じられる、世の中が思い通りにならないことで癇癪を起こす、“キレやすい若者”という要素は、バタフライナイフを携帯する少年たちが問題となり、個が希薄になりつつある社会を背景に、若い世代が起こす凶悪事件が取り沙汰されていた90年代であれば、実際の社会の反映として説得力があったかもしれない。

 だが現在までに、経済格差が広がり貧困層が増えたことによって、若者たちが“個の問題”に押しつぶされる余裕すらなくなっているというのが、いまの状況なのではないか。生活に追われパートナーが見つけられずに、「人生が詰んでいる」と感じている若い世代の男性が、より明確な切迫感を持って犯罪に走ったり、SNSなどで差別的な言動を繰り返すというのが、いまの時代を代表する現象であり、社会の大きな脅威となっているのではないだろうか。その意味では、岡田演じる若者の凶行を、“内なる狂気”として見せる表現は、現在の社会問題を矮小化していると捉えられかねない。

 本作がたどり着く、「自分が変われば世の中が変わる」「考え方一つで世界は変化する」という結論は、本作がターゲットとしているだろう現在の若者に、果たして響くのだろうか。“現代”を扱うのならば、真摯に努力してもどうにもならず、搾取されボロボロになって「自己責任」と一蹴される立場の人々が増加し続けている社会状況をこそ描くべきではないだろうか。“普通の幸せ”が奪われ、喪失を取り戻したいと主人公たちが奮闘する、『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』、そして韓国のドラマ『イカゲーム』が大きなヒットを達成し、共感が集まったのには、そのような理由があると思えるのである。

■公開情報
『CUBE 一度入ったら、最後』
全国公開中
原作:ヴィンチェンゾ・ナタリ『CUBE』
出演:菅田将暉、杏、岡田将生、柄本時生、田代輝、斎藤工、吉田鋼太郎
監督:清水康彦
配給:松竹株式会社
製作:「CUBE」製作委員会
(c)2021「CUBE」製作委員会
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/cube/
公式Twitter:@cube_m0vie
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@cube_m0vie

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