東映70年の歴史を抜きには語れない 『仁義なき戦い』はいかにして生まれたか

『仁義なき戦い』を東映の70年とともに語る

東映映画史を塗りかえる衝撃作の誕生

 1972年、作家の飯干晃一が、元広島やくざの組長だったという美能幸三が網走刑務所の獄中で記した手記を再構成。そのノンフィクションが、週刊誌に連載されて話題となっていた。脚本家の笠原和夫とプロデューサーの日下部五郎が飯干のもとを別の企画の相談で訪れた際、くだんの原稿の存在を知らされて映画化を検討しはじめた。笠原は呉の美能を訪ねるが、本人は映画化は絶対だめだという。そのうち美能が、笠原の戦時中の大竹海兵団の先輩だとわかり、取材を進めた。シナリオ執筆時に徹底した調査で知られる笠原だったが、取材を重ねるうちに困惑する。

 東映やくざ映画はこれまで実際の事件をヒントにした作品はつくってきたが、事件そのものを真正面から取り上げるのはこれが初めて。題材が題材だけに慎重にやる必要があったが存命の関係者が多く、また人間関係と事件の推移の複雑さに、さしもの調査魔の笠原も音を上げる。広島のやくざ抗争全体を一本の映画にするにはむずかしいが、端緒となった呉の抗争ならなんとかまとめられるということになり、映画化が進められた。

 監督にはやくざ映画の筆頭プロデューサーの俊藤浩滋が『現代やくざ 人斬り与太』『人斬り与太 狂犬三兄弟』(ともに1972年)で組んだ深作欣二を指名。東映東京出身の深作にとって京都撮影所は初めて。深作は両作で欲望のままに暴れまわる主人公を描いて、従来の折り目正しい任俠映画とまったく異なるヴァイオレンス表現をつくりあげていた。ジャーナリズムの評価は高いが興行的に当たったためしはない深作の起用は、従来の任侠映画とまったくちがう破格の映画を期待した俊藤の賭けであった。だが、これに猛反対したのが笠原和夫。ふたりは以前、『顔役』(1965年)で組んだことがあったが、深作はやくざ映画の構造や義理人情のありように疑問を感じ、笠原と正面衝突。結局、深作は降板して監督は石井輝男に交代した。今度も無理難題を言うだろうという笠原の懸念に反して、シナリオを読んだ深作は「おもしろい、そのままやらせてもらいます」とスムーズに快諾した。

  物語のはじまりは1945年呉の闇市。復員兵の広能昌三がひょんなことから暴力の世界に足を踏み入れ、山守組の結成に加わり、親分の代わりに刑務所に入り、殺人と裏切りの血なまぐさい年月を過ごす。それまでの東映やくざ映画の基本理念は仁義であり、義理であり、任侠道であった。物語の骨子は時代劇と同じ勧善懲悪であり、いいやくざが悪いやくざを最後に倒す作劇に観客へのカタルシスが用意された。

 この映画はその点まったくちがう。昨日殺し合った敵が今日は味方の組になり、親しい友がいきなり拳銃をこちらに向ける。かつての任侠映画の悪役が使うような手口で他人を蹴落とす、利益を得る。だいいち、仁義と義理を重んじるはずの親分が子分同士を敵対し合うように仕向け、あまつさえ邪魔になれば殺すように命令するのだから、あきれてものも言えない。

 笠原和夫は『博奕打ち 総長賭博』や『博奕打ち いのち札』(1971年)で東映やくざ映画のアンチテーゼというべきやくざ映画の美学を否定したシナリオを書いてきたが、それはあくまで任侠映画路線という枠があってこそである。その枠がなくなり、まったく新しいドラマツルギーを創造するにあたり、笠原がおおいに影響を受けたのが意外にもロマン・ポルノ『一条さゆり 濡れた欲情』(1972年、神代辰巳監督)であった。表現にリミッターなし、人間とまるはだかで向きあう同作に勇気づけられた笠原はこの型破りのやくざ映画のシナリオに全力で向きあう。笠原のシナリオは精緻に組み立てられた構成の巧みさに定評があるが、深作欣二は基本的にそれに準じて撮っている。やくざ映画の方法論をつかみあぐねていた深作だったが、ずっと模索してきた東映やくざ映画、いや自らの映画を体現するシナリオにようやく巡りあったのだった。

 俳優たちも任侠路線とは顔ぶれが一新された。各社を渡り歩いた遅咲きの菅原文太が『人斬り与太』二部作につづいて深作映画で主役を張り、現実の飢えを知っている風貌が殺伐としたドラマに圧倒的な説得力を持たせていた。文太はこの映画から飛躍して、鶴田、高倉に代わって1970年代の東映の屋台骨を背負うスターになるのである。

 共演陣から片時も目が離せない。東映映画でしょっちゅう悪役を演じていた金子信雄が山守親分にふんして、集大成というべき文字どおり怪演をみせる。泣き落とし、土下座、恫喝……コロコロ変わる表情と態度の演技はしだいにエスカレートしてゆき、これが爆笑もの。その周りを固める役者たちも秀逸なシナリオにノッて最高のアンサンブルをみせる。深作も彼ら魑魅魍魎が蠢くさまを演出していておもしろかったのであろう、シナリオのト書きにはツメた指がどこかに飛んで行ってみんなで探す、としか書いていないのに鶏が指をつついていた、と喜劇色をつけ加える。さらに川谷拓三、志賀勝、野口貴史ら主に東映京都のやくざ映画や時代劇の斬られ役、脇役専門だった役者たちを存分に暴れさせ、手持ちキャメラをブン回し、激しく揺れ動く画面に躍動させた。この映画をきっかけに頭角を現した彼らはやがてピラニア軍団なる集団を結成して東映映画に貢献する。

 一度聴いたら忘れられない津島利章の音楽にのせて『仁義なき戦い』は大ヒット。暴力と陰謀が渦巻く血みどろの物語がなぜそこまで人びとの心をつかんで離さないのか。やくざ社会の世界ではあるが、そこに描かれているのは職場や学校に置き換えたら誰しも思い当たる、共感できる人物やエピソードばかり。苛烈なタッチではあるけれど、人間社会の本質を苛烈な普遍的な物語なのである。

 映画はヒットによりシリーズ化された。これ以上は書けないと笠原和夫が第4作『仁義なき戦い 頂上作戦』(1974年)を最後に降板したあとも脚本家を高田宏治に代えて『仁義なき戦い 完結篇』(1974年)がつくられ、さらに新シリーズが3本つくられたのはプログラム・ピクチュアの貪欲な生命力を示している。さらに東映は全国各地の事件に取材した同種の映画を深作や別の監督でつくりつづけて実録路線としたが、過激な暴力描写が増すほどに映画から夢やロマンが消え失せてゆき、やがて実録路線は終了。

 東映映画のシリーズの大半がタイトルやキャラクターだけでつながって一作ごとの関連性はほぼないのに対して、『仁義なき戦い』五部作は緊密なサーガとしてつくられているのが稀有なシリーズである。5部作を通してみると時代の移り変わりとともに、暴力の戦後史がくっきりと浮かび上がってくる。

 今回の特集「東映創立70周年 いま観たい絶対名作30」では『仁義なき戦い』以外のやくざ映画の名作も放映される。『仁義なき戦い以前の仁俠映画の名作『人生劇場 飛車角』、『緋牡丹博徒 花札勝負』(1969年、加藤泰監督)、『昭和残俠伝 死んで貰います』(1970年、マキノ雅弘監督)、『仁義なき戦い』が火をつけて始まった実録やくざ路線の『仁義の墓場』(1975年、深作欣二監督)、『北陸代理戦争』(1977年、深作欣二監督)、その後の大作路線の『やくざ戦争 日本の首領』(1977年、中島貞夫監督)、さらにその後の女性を主人公にした新展開『鬼龍院花子の生涯』(1982年、五社英雄監督)、『極道の妻たち 決着』(1998年、中島貞夫)というラインナップ。『仁義なき戦い』を中心とした東映やくざ映画の豊饒な世界を存分に味わってほしい。

【東映創立70周年記念 いま観ておきたい絶対名作30 Vol.1】

■放送情報
「東映創立70周年記念 いま観ておきたい絶対名作30 Vol.1」
『仁義なき戦い 4Kリマスター版』
出演:菅原文太、梅宮辰夫、松方弘樹、金子信雄、渡瀬恒彦、伊吹吾郎、田中邦衛、川地民夫、名和広、三上真一郎
監督:深作欣二
脚本:笠原和夫
1973年/99分/R15+
(c)東映

『十三人の刺客』
出演:片岡千恵蔵、里見浩太郎、内田良平、丹波哲郎、嵐寛寿郎、西村晃、月形龍之介、丘さとみ
監督:工藤栄一
脚本:池上金男
1963年/125分
(c)東映

『宮本武蔵』
出演:中村錦之助、入江若葉、木村功、三國連太郎、丘さとみ、木暮実千代
監督:内田吐夢
脚本:成沢昌茂、鈴木尚之
1961年/111分
(c)東映

『昭和残侠伝 死んで貰います』
出演:高倉健、池部良、藤純子、荒木道子、中村竹弥、長門裕之、山本麟一
監督:マキノ雅弘
脚本:大和久守正
1970年/93分
(c)東映

『五番町夕霧楼』
出演:佐久間良子、河原崎長一郎、木暮実千代、丹阿弥谷津子、岩崎加根子
監督:田坂具隆
脚本:鈴木尚之、田坂具隆
1963年/137分
(c)東映

『トラック野郎 爆走一番星』
出演:菅原文太、愛川欽也、あべ静江、春川ますみ、加茂さくら、研ナオコ、田中邦衛
監督:鈴木則文
脚本:鈴木則文、澤井信一郎
1975年/97分
(c)東映

『極道の妻たち 決着(けじめ)』
出演:岩下志麻、かたせ梨乃、愛川欽也、中条きよし、とよた真帆、藤田朋子、細川ふみえ、竹内力
監督:中島貞夫
脚本:高田宏治
1998年/117分
(c)東映

『動乱 4Kリマスター版』
出演:高倉健、吉永小百合、米倉斉加年、田村高廣、志村喬、永島敏行、田中邦衛
監督:森谷司郎
脚本:山田信夫
1980年/150分
(c)東映・シナノ企画

『最も危険な遊戯』
出演:松田優作、田坂圭子、荒木一郎、内田朝雄、草野大悟、市地洋子、名和宏、見明凡太郎、石橋蓮司
監督:村川透
脚本:永原秀一
1978年/89分
(c)東映

『太陽の王子 ホルスの大冒険 4Kリマスター版』
出演:(声)大方斐紗子、市原悦子、平幹二朗、三島雅夫、永田靖、横森久、横内正、赤沢亜沙子、堀絢子
監督:高畑勲
脚本:深沢一夫
1968年/83分
(c)東映

「東映創立70周年記念 いま観ておきたい絶対名作30 Vol.2」
『仁義の墓場』
出演:渡哲也、梅宮辰夫、安藤昇、ハナ肇、田中邦衛、成田三樹夫、多岐川裕美、池玲子、芹明香、山城新伍
監督:深作欣二
脚本:松田寛夫、神波史男、鴨井達比古
1975年/94分
(c)東映

『バトル・ロワイアル 4Kリマスター版』
出演:藤原竜也、前田亜季、山本太郎、栗山千明、柴咲コウ、安藤政信、ビートたけし
監督:深作欣二脚本: 深作健太
2000年/113分/R15+
(c)2000「バトル・ロワイアル」製作委員会

『人生劇場 飛車角』
出演:鶴田浩二、佐久間良子、高倉健、月形龍之介、梅宮辰夫、村田英雄、加藤嘉、曾根晴美
監督:沢島忠
脚本:直居鉄哉
1963年/95分
(c)東映

『楢山節考 4Kリマスター版』
出演:緒形拳、坂本スミ子、あき竹城、倍賞美津子、左とん平、倉崎青児、小林稔侍
監督:今村昌平
脚本:今村昌平
1983年/130分
(c)東映・今村プロ デジタル復元協力:独立行政法人国際交流基金

『柳生一族の陰謀 4Kリマスター版』
出演:萬屋錦之介、千葉真一、松方弘樹、西郷輝彦、成田三樹夫、山田五十鈴、三船敏郎、大原麗子
監督:深作欣二
脚本:野上龍雄、松田寛夫、深作欣二
1978年/131分
(c)東映

『北陸代理戦争』
出演:松方弘樹、野川由美子、千葉真一、ハナ肇、高橋洋子、西村晃、成田三樹夫、中谷一郎、矢吹二朗、地井武男
監督:深作欣二
脚本:高田宏治
1977年/99分
(c)東映

『大日本帝国 第1部シンガポールへの道 第2部愛は波濤をこえて』
出演:丹波哲郎、あおい輝彦、三浦友和、西郷輝彦、関根恵子、夏目雅子、仲谷昇、篠田三郎
監督:舛田利雄
脚本:笠原和夫
1982年/182分
(c)東映

『鬼龍院花子の生涯 4Kリマスター版』
出演:仲代達矢、夏目雅子、岩下志麻、中村晃子、山本圭、丹波哲郎、高杉かほり、夏木マリ、仙道敦子
監督:五社英雄
脚本:高田宏治
1982年/147分
(c)東映

『もっともあぶない刑事』
出演:舘ひろし、柴田恭兵、浅野温子、仲村トオル、中条静夫、真梨邑ケイ、柄本明
監督:村川透
脚本:柏原寛司
1989年/104分
(c)東映・日本テレビ・セントラル・アーツ・キティ・フィルム

『銀河鉄道999(劇場版)』
出演:(声)野沢雅子、池田昌子、肝付兼太、井上真樹夫、田島令子、富山敬
監督:りんたろう
脚本:石森史郎
1979年/129分
(c)松本零士、東映アニメーション

「東映創立70周年記念 いま観ておきたい絶対名作30 Vol.3」
『新幹線大爆破 4Kリマスター版』
出演:高倉健、宇津井健、千葉真一、山本圭、織田あきら、竜雷太、田中邦衛、丹波哲郎
監督:佐藤純彌
脚本:小野竜之助、佐藤純彌
1975年/152分
(c)東映

『新吾十番勝負 第一部・第二部 総集版』
出演:大川橋蔵、大友柳太朗、長谷川裕見子、月形龍之介、山形勲、岡田英次
監督:松田定次(第一部)、小沢茂弘(第二部)
脚本:川口松太郎
1959年/104分
(c)東映

『緋牡丹博徒 花札勝負
出演:藤純子、高倉健、若山富三郎、嵐寛寿郎、待田京介、藤山寛美、小池朝雄、沢淑子
監督:加藤泰
脚本:鳥居元宏、鈴木則文
1969年/99分
(c)東映

『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声 4Kリマスター版』
出演:沼田曜一、伊豆肇、原保美、河野秋武、信欣三
監督:関川秀雄
脚本:舟橋和郎
1950年/108分
(c)東映

『飢餓海峡』
出演:三國連太郎、左幸子、高倉健、伴淳三郎、加藤嘉、沢村貞子、藤田進、風見章子、山本麟一
監督:内田吐夢
脚本:鈴木尚之
1965年/183分
(c)東映

『ビー・バップ・ハイスクール』
出演:清水宏次朗、仲村トオル、中山美穂、宮崎ますみ、本間優二、地井武男、小沢仁志
監督:那須博之
脚本:那須真知子
1985/96分
(c)東映・ウィングスジャパン

『やくざ戦争 日本の首領(ドン)』
出演:鶴田浩二、佐分利信、菅原文太、千葉真一、松方弘樹、梅宮辰夫、高橋悦史、渡瀬恒彦、西村晃、成田三樹夫
監督:中島貞夫
脚本:高田宏治
1977年/133分
(c)東映

『武士道残酷物語 4Kリマスター版』
出演:中村錦之助、東野英治郎、渡辺美佐子、有馬稲子、加藤嘉、木村功、三田佳子
監督:今井正
脚本:鈴木尚之、依田義賢
1963年/123分
(c)東映

『鉄道員(ぽっぽや)4Kリマスター版』
出演:高倉健、大竹しのぶ、小林稔侍、広末涼子、奈良岡朋子、田中好子、安藤政信、志村けん、吉岡秀隆
監督:降旗康男
脚本:岩間芳樹、降旗康男
1999年/113分
(c)1999「鉄道員(ぽっぽや)」製作委員会

『白蛇伝 4Kリマスター版』
出演:(声)森繁久彌、宮城まり子
監督:藪下泰司
脚本:藪下泰司
1958年/78分
(c)東映

東映チャンネル 公式サイト:https://www.toeich.jp/
東映創立70周年記念特集サイト:https://www.toeich.jp/special/toei70th_anniversary

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