マルコムXとモハメド・アリの友情の行方 『ブラッド・ブラザーズ』が映し出す意外な真実
現在のアフリカ系アメリカ人の多くは、アフリカ大陸から誘拐されて奴隷にさせられた人々の子孫であることは、説明するまでもない。奴隷が公然とビジネスになっていた時代はもちろん、奴隷制度廃止後も人種隔離政策によって、黒人はあらゆる暴力や偏見にさらされてきた。スパイク・リー監督はこのことをはっきり「ジェノサイド(集団殺戮)」と表現している。その歴史的な犯罪を、アメリカの白人は十分に反省し、つぐなっているとは言い難いと指摘されるのは仕方がないことだ。ましてや1960年代は、まだ州によって人種隔離政策が現役だったのだ。
黒人が圧倒的に虐げられ殺害されている異常な状況において、黒人による「白人は悪魔だ」という批判を人種差別と見ることは、あまりにも不条理な話ではないだろうか。それは、警察による黒人の殺害事件が多発している事件について、黒人たちが「BLM(ブラック・ライヴズ・マター“黒人の命は大事だ”)」というメッセージを掲げてデモ活動をした際に、差別的な勢力が「オール・ライヴズ・マター(全ての命が大事だ)」と呼びかけた事柄と似ている。全ての命が大事なのは当たり前のことだが、この文脈でその言葉を、被害を受け続けるアフリカ系の人々にぶつけるのは、嫌がらせであり暴力に他ならないだろう。
その意味でスパイク・リー監督が、アカデミー賞作品賞を受賞した『グリーンブック』(2018年)に苦言を呈したのは理解できるところだ。そこで描かれた、黒人と白人は平等であり仲良くするべきだとする「正論」は、学校のいじめっ子といじめられっ子を教師が無理に握手させて問題を解決しようとするような無神経さが幾分含まれていたのではないだろうか。歴史的に被害を受けてきた側の感覚からすると、「白人は悪魔だ」の方がリアリティがあり、むしろ妥当で平等な表現といえるかもしれない。この文脈において、1960年代におけるマルコムXの先進性と、恐れないで発言する姿勢には驚かされるところがあるのだ。
本ドキュメンタリーでは、さらにモハメド・アリがマイアミでチャンピオンとなった日の夜の出来事も紹介される。この模様は、『ビール・ストリートの恋人たち』でアカデミー賞助演女優賞を獲得したレジーナ・キングによる初監督作『あの夜、マイアミで』(2020年)で、詳しく描かれている。
しかしその後、マルコムとアリの関係は断絶することになる。その原因となったのは、マルコムのネーション・オブ・イスラムからの脱退だ。それは、マルコムが教団の代表であるイライジャ・ムハンマドに失望を抱いたためだという。本ドキュメンタリーでは、その失望の理由を赤裸々に語るマルコムの映像が映し出される。
だがアリは、彼の脱退を「裏切り」ととらえた。もともとネーション・オブ・イスラムに入信したのはマルコムの影響だったのだから、心情的に彼を許せないと思うのも無理はない。アリはマルコムを無視するようになり、メディアでもマルコムについての発言を求められると、彼を厳しく批判した。
1965年、マルコムXは凶弾に倒れ、人種差別と戦い続けた彼の一生は終わることとなる。彼の死は宗教の壁を越えて、多くのアフリカ系アメリカ人や、差別と戦う人々にとって大きな損失となった。そして同時に、アリとの関係が修復される機会も永遠に奪われてしまったのだ。
本ドキュメンタリーでは、双方の遺族の証言によって、その裏に秘められていた意外な真実が映し出される。その内容がどんなものであるのかは、実際に鑑賞することで確認してほしい。
人種差別問題とは切っても切り離せない、マルコムXとモハメド・アリだが、彼らの関係は、それとはまた別に、人と人との友情や精神的なつながりという問題を考えさせられる。とくに現在は、感染症の流行により、元気だった人が突然亡くなるケースが以前よりも増加し、死を身近に感じる瞬間も増えている。そうでなくとも、人はわずか数十年で死んでしまうような儚い存在である。後悔のないように、自分の想いを大事な人に、伝えられるときに伝えることは、誰にとっても重要なことではないだろうか。本ドキュメンタリーは、そんなシンプルな真実をわれわれに強くうったえかける作品でもある。
■配信情報
『ブラッド・ブラザーズ:マルコムXとモハメド・アリ』
Netflixにて配信中
COURTESY OF NETFLIX (c)2021