裏切り連続の85分! ホラーアニメ『整形水』の暴走ストーリーを体感

 誰がここまでやれって言ったんだよ……思わずそう突っ込んでしまうような、アクセル全開のアニメ映画が美容大国・韓国からやってきた。今回ご紹介する『整形水』(2020年)は「整形」、そして「美への欲望」をテーマにした異色のサスペンスホラーアニメだ。なお原作はオムニバスホラー漫画の『奇々怪々』の1本である。

 物語は芸能界の暗部から始まる。主人公のイェジは美人女優のメイキャッパーだが、冒頭からいきなり担当女優に「豚野郎」と外見を罵られたうえ、「醜くてムカつくから」という理由にならない理由で辞職を迫られる。開幕早々に美人女優による最低パワハラが炸裂し、既に「人を見かけで判断してはいけないよ」というメッセージを描ききってしまうわけだが、そこで本作は終わらない。最低の内面を持つ美人女優が出てきたので、では逆にその被害者であるイェジは、おとぎ話のような内面は美しい人なのかと思いきや……ドカ食いしながらインターネットで誹謗中傷を繰り返す立派なダメ人間だった。今日も担当女優をネットで攻撃して憂さを晴らし、泥酔して同居する両親と言い争うなど、地味に効いてくるダメ人間しぐさを連打する。最近は煉獄さんとかハサウェイ・ノアとか、でっかい事を成そうとする二次元人ばかりスクリーンで見ていたせいか、私はこのイェジの等身大のダメ人間描写ですっかり心を奪われてしまった。そうだよなぁ、なんもかんも上手くいかなくて、インターネットで悪口を書くしかない時ってあるもんなぁ。

 それはさておき、鬱屈した日々を送るイェジであったが、ひょんなことから自分がドカ食いしている風景がネット上にアップされてしまう。しかもその動画が鬼のようにバズってしまった。「醜すぎる!」「まさに豚だ!」イェジの外見を攻撃する言葉がインターネット中に溢れかえる。唯一の居場所だったネットを失ったことで、遂にイェジのメンタルは限界に達した。本格的にひきこもって、食って寝る生活に没頭。廃人寸前まで追い詰められたイェジだったが、そんな彼女のもとに謎の美容商品「整形水」のサンプルが届く。何でも「整形水」の原液を水に溶かして、数十分間だけ体を浸けるだけで、肉も骨も溶け、自分の理想の形に作り替えることができるというのだ。半信半疑のイェジだったが、物は試しと顔を浸してみる。すると……なんとビックリ、本当に美人に変身してしまった。それまでアメコミのアジア人風だったイェジの作画が、完全に日曜朝の女の子向けアニメの美少女になってしまうのだ。あまりの大変身に歓喜するイェジ。「どちら様?」と戸惑う両親。しかし、見た目は大きく変わったものの、イェジの中身は全く変わらない。ドカ食いとネジ曲がった性根は健在で、むしろ完璧な外見を手にしたことで、美への渇望と、これまでの反動からくる自己顕示欲が爆発。かくして物語は明後日の方向へ疾走を始めるのであった。

 けっこう話の内容を書いてしまっているじゃないのと思われた方もいるだろう。しかし、ここまで書き出したのは起承転結でいうところの「起」に過ぎない。それくらい本作のストーリー展開は凄まじいのだ。「起承転結」ならぬ「起転転結」構成で、イェジの暴走が始まってからのジェットコースター感は唯一無二である。いわゆる「ぬるぬる動く」な作画系の快楽はないものの、とにかく期待を良い意味で裏切り続けるストーリーと、要所はビシっと決める演出が素晴らしい。アニメならではの魅力が溢れている。

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