『シャン・チー』はなぜ想像以上の成功を収めたのか 哲学的な要素と多様性のメッセージ

 本作で描かれるのは、権力や暴力を振るう男ウェンウーと、その子どもたちとの戦いだ。このテーマは、男女の権利問題や伝統的な父権社会の弊害について、比較的西洋よりも深刻な状況にある東洋の社会状況が直面するものを正確に捉えているといえよう。シャン・チーが、ミシェル・ヨー演じる達人の教えを受けて、女性による拳法を戦いに組み込むことで、ウェンウーとの対決に臨み乗り越えようとする展開は、女性と男性の力が合わさることで、男性のみの力を超えた領域に到達できるというメッセージが反映されている。それは、妹シャーリンや、オークワフィナ演じるケイティと共闘する構図によっても強調される。

 これまでのヒーロー作品のなかで、バトルアクションや繰り出される技に、そこまでの哲学的な要素、多様性のメッセージを盛り込めたというのは、驚嘆すべきことではないだろうか。

 本作が世界的なヒットを達成したという事実は、『ブラックパンサー』同様に、それだけの意味にとどまることはないはずだ。中国を含めたアジア圏のキャストやスタッフはもちろん、文化や作品に注目が集まることで、アメリカ国内の人々の、アジア系の人種への見方は、確実に良い方向に変化することになる。そしてアジア系の子どもたちは、自分たちのルーツに自信を持ち、ヒーローの姿を重ねることができるのである。

 本作のように、そこに現代の多様的な価値観が加わることで、東洋の文化は西洋において、より受け入れやすいものとなる。それこそが、東西の要素を融合した本作の最大の価値なのではないだろうか。もし本作の存在が、現実の世界においても双方の価値観を融合させ、互いを高め合う一助になるのだとすれば、映画が世界を良い方向に変えたということになるのではないか。

 一方で中国当局は、中国の描写に懸念があるとして、本作と、続くマーベル・スタジオ作品『エターナルズ』(2021年公開予定)二作の国内公開を許可しない方針であるという。第三者の目から見て、本作は中国文化を軽視したり差別的なものが描かれているとは思えず、『エターナルズ』に至っては、過去にSNSで中国の体制に反発する発言をしたクロエ・ジャオ監督が手がけていることが原因であるようだ。

 これでは本作が描いたように、高圧的で父権的な問題を抱えているということを、現実の中国政府が不寛容さによって、いみじくも体現してしまっているといえないだろうか。『シャン・チー』の続編製作は確実だろうが、中国市場を失うことによって、その勢いはトーンダウンせざるを得ないだろう。

 表現については、最近中国のゲーム会社が「女々しい表現」を理由に、コンテンツの削除を政府に命じられたように、海外の作品のみならず中国の国内作品はこれからさらに厳しく、保守的な価値観による制限が課されるものと思われる。目覚ましい経済発展により、アジアの大国としてさらなる文化的成長と新しい才能の出現が期待されている中国だが、その足を中国政府が引っ張ってしまうのは非常に残念なことだ。

■公開情報
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』
全国公開中
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
出演:シム・リウ、トニー・レオン、オークワフィナ、ミシェル・ヨーほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2021

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