エリック・ロメール作品はなぜずっと愛され続けるのか 宇野維正×森直人が魅力を語り合う

「美学的にも知的にもある種、理想化された“リアルなフランス”」

――当時のロメールの客層って、どんな感じだったんですか?

宇野:もちろん、いわゆるシネフィル的ないかにもな観客も多かったけど、今回配信される『緑の光線』、『友だちの恋人』、『レネットとミラベル/四つの冒険』あたりの作品の上映時は若い女性もすごく多かった。時代的には80年代後半だから、いわゆる「渋谷系カルチャー」以前の、生粋のオリーブ少女的な文化圏というか。自分はどうしてセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの間に生まれなかったんだろうって真剣に思い詰めてるみたいな、そういう雰囲気の人たちが当時一定数いたんですよ。

『友だちの恋人』(c)1986 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R.

――その後の渋谷系カルチャーとは微妙に違ったという。

宇野:微妙というか、全然違う。この感覚は当時の現場にいなかった人には伝えにくいんだけど、渋谷系が資本主義的なライフスタイルだとしたら、それ以前の先鋭的なオリーブ少女はもっと思想的というか、宗教的でさえあって。で、ロメールの作品はそのコアな層にヒットするものだったんじゃないかな。もちろん登場人物に若い女性が多いことも感情移入のしやすさとしてあったと思うけど、それだけじゃない、世界の理をその作品で体得するみたいな強い影響力があったように思う。まあ、他でもない、自分自身もそうだったんだけど。

森:単純に言うと、純度100%のフレンチだったんですよね。ロメールの映画って、本当の意味での“オシャレなフランス”の塊じゃないですか。

宇野:いや、“オシャレなフランス”というより、美学的にも知的にもある種、理想化された“リアルなフランス”って感じだった。少なくとも自分にとっては。

森:気負いまくりのイキったオシャレではない。その自然体のこなれた感じが、一番難しいですよね。パリの街やバカンス地での他愛ないおしゃべりに、普通に詩人や哲学者の名前が出てきたりする。そういうオシャレ上級者たちの心をくすぐる要素が、ロメールの映画には詰まっていた。当時、僕もやられましたもん。「僕もこの世界に行きたい」って(笑)。

宇野:80年代当時のフランスの大衆映画やポップミュージックはダサいものだらけなんだけどね(笑)。ロメール作品に出てくる人たちは、おしゃれとかダサいとか、そういう価値観を超越してるんだよね。「フランス人って、自宅でカフェオレを飲むときはどんぶりで飲むんだ?」みたいな、そういう小さな発見の連続。

森:はははは。

宇野:でも、実際フランスに行って、友だちの家とかに遊びに行ったら、本当にどんぶりでカフェオレ飲んでるんだよね。当時のファッション雑誌とかが紹介していたフランスのカルチャーって、いわゆる“カフェの世界”じゃない? でも、ロメールの作品って、カフェではなく、フランス人の友だちの家みたいな感じだった。

森:確かに。登場人物たちが住んでいる部屋の内装とか、本棚に置いてある本も、自然体なのにすごい気が利いている。だから、上級者向けという感じはありましたよね。ベーシックで、時流とは一線を画した佇まい。だから普遍性がある。

『飛行士の妻』(c)1981 LES FILMS DU LOSANGE.

――そもそも、ロメールって、ヌーベルバーグの母体となった映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』の二代目編集長(1957年~1963年)だったんですよね?

宇野:そう。だから、自然体に見えるけど、実はバキバキの理論派でもあって。それはもちろん、自身の作品にも反映されている。でも、ロメールの映画って、他のヌーベルバーグの作品と比べても、わかりにくいところが一切ないじゃない? それこそ、普段そんなに映画を観ないような人が観ても、ちゃんと楽しめる。ゴダールの映画なんて、映画をそんなに観ない人も普通に楽しめるのはごく限定された時代の作品だけじゃない?

森:そうですね(笑)。かといって、オーソドックスなウェルメイド映画の文法とも、また大きく違っている。

宇野:話はリニアに流れていくし、編集も基本的にはセオリーに忠実。でも、同時代の誰の映画にも似てないんだよね。

森:ロメールの画作りは美学的ですよね。ロメールが書いた『美の味わい』という素晴らしい映画評論集があるんですが、そのタイトルが示すように、ナチュラルのようで審美性に対するこだわりは人一倍強いところがあって、例えば配色に関しても、すごく繊細に気を配っている。ロメールの映画って、どのスチールをひとつ取っても、絵になるじゃないですか。そこに僕は、すごくヨーロッパ的な美の伝統を感じるんですよね。

宇野:しかもそのテクニックがさりげないから、よくよく見ると、すごいと分かる。長編デビューの『獅子座』の段階から、語り口が驚くほど洗練されていた。

森:そうですね。宇野さんも仰ったように、ロメールの映画って、これみよがしな前衛性や先鋭性は一欠片もないですよね。僕は逆にそこに痺れたというか。何か一本の作品を観て痺れたというよりは、連続して作品を観ていくことによって、だんだんとロメール作品にハマっていったところがあります。「クセになる」感じというか。

宇野:どれか一本の作品ではなく、まとめて観たときの幸福感みたいなものが、ロメールの映画には特にあるんだよね。実際、『六つの教訓話』シリーズとか、今回ラインナップされている『喜劇と格言劇』シリーズとか、そのあとに撮った『四季の物語』シリーズとか、ロメール自身も、そういう括りで映画を撮っていた。その、長編映画をシリーズで撮るという方法もまたかっこいいんだよね。だから、ロメールの映画はまとめて観るのがオススメ。そういう意味で、今回の配信は、連続してずっと観られるわけだから最高だと思う。

森:「韓国のロメール」と言われているホン・サンス――実際ホン・サンスは、ロメールの影響をモロに受けていて、ロメールの『緑の光線』を生涯のベスト5作に挙げていたりするんですが――そのホン・サンスの日本における紹介の仕方も、多分ロメールを踏まえていると思うんです。ちょっと洒落た特集タイトルをつけて、4本ぐらい一気に上映したり。まあ、ロメールもホン・サンスも、毎回同じような話だから、頭の中でごっちゃになるというか、どの作品だったか思い出せなくなったりするんだけど(笑)。その連作の境界が溶けていく感じも、僕は好きですね。

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