『おかえりモネ』傷つく経験の必要性はない 莉子の悩みとともに浮き上がる多角的な問題

 以前、内田も莉子に言っていた、「生きてきて何もなかった人なんていないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ。自覚してるかしてないかは別として」という言葉。そう、誰だって痛みを感じたり傷ついたりしている。その傷に優劣をつけること自体が間違いなのだ。そして何より、傷つかないに越したことはないし、傷ついたことがないことを誰かに謝るなんてことほど、悲しいことはない。そこで、今回の朝岡(西島秀俊)の判断に対して疑問が浮かぶ。

 莉子が成長するのには、今回高村から得たような気づきが必要だった。しかし、それはキャスターの座を降ろされなければ得られなかったことなのだろうか。

 「我々の世代も苦い思いをしていますからね」と言っていた朝岡。この発言に高村の苦労も含まれているのだろうが、それは決して“我々”ではない。“女性である高村”の、苦い思いだ。そして「神野さんが昔と同じところで挫折していては意味がない。この試練は神野さんにとってのチャンス」と続けるが、彼のしたことは結局莉子に“昔と同じ挫折”を強制的に味わわせたことだ。一歩間違えれば、彼女が手にしなければならない自尊心を決定的に奪ってしまうことになりかねない危険な判断でもある。しかも今回、代理で内田を立てる案を出したのも彼の指示だったが、内田自身も本人がそれを望むか否かの選択権さえ実質持たされていない。この仕打ちは、本当に必要だったのだろうか。

 第81話で彼女が「朝岡さんを超えてやる」と奮起していた様子さえ立ち聞きし、すでに自分の力で良い方向に進もうとしていたのを理解していたにもかかわらずこのやり方というのは、上司として少し手放しに賞賛できるかわからない。

 視聴者が「男性キャスターの方が説得力がある」と言ってしまう背景にあるのは、男性ばかりが優位にキャスターとして採用され、女性の役割が“お天気お姉さん”に割り振られてしまってきた、局の生み出した歴史。視聴者の目にそれを慣れさせ、当たり前のように認識させてしまってきた問題だ。しかし、今は受け手自身の意識改革も求められている時代。社会部の沢渡(玉置玲央)の「莉子ちゃん……神野さん」の言い直しが体現するように、莉子の容姿ではなく彼女の報道力と人間性を見つめる必要があるのは視聴者の方である。

 また、アプリの発表会で描かれたように安西社長(井上順)も、最初こそ掴みどころのないフワフワした妖精っぽさがあったものの、「あさキラッ」のコーナーの視聴率低下を「やっぱり朝岡くんが出ないとダメなんだよ~」と深く考えずに言い切ってしまう(そしてそれを隣に座る幹部の女性がただ同調する)部分があった。そんな上層部とも交渉して、莉子を守る高村。

 同じ女性として莉子を諭す、その美しいシスターフッドを感じさせる姿を描ききった一方、多角的な問題が浮き彫りになった今回。莉子には彼女らしく、そのままの自分で戦い抜いてほしい。それは決して、間違いじゃないから。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:清原果耶、内野聖陽、鈴木京香、蒔田彩珠、藤竜也、竹下景子、夏木マリ、坂口健太郎、浜野謙太、でんでん、西島秀俊、永瀬廉、恒松祐里、前田航基、高田彪我、浅野忠信ほか
脚本:安達奈緒子
制作統括:吉永証、須崎岳
プロデューサー:上田明子
演出:一木正恵、梶原登城、桑野智宏、津田温子ほか
写真提供=NHK

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