イーストウッドはなぜ“実在の英雄”を描く? 『ハドソン川の奇跡』における“9.11”の影

 もっぱら訴訟大国アメリカならではの事故処理の流れを見せつけられる“手続き映画”という印象さえ抱いてしまう。つまり、あまりに端的に言えば、これほど地味な映画というのなかなか見当たらないということだ。それでもなぜか、感情を揺さぶられてしまい画面に見入ってしまう引力を備えている。それはこの映画で描かれる一連の出来事の持つ力か、それともクリント・イーストウッドの堂々とした(地味であることを開き直った)演出の力なのだろうか。

 この数年、イーストウッドの作品のキーワードとなっているのは“実在の英雄”という存在である。『アメリカン・スナイパー』ではイラク戦争の伝説的な狙撃兵を描き、『15時17分、パリ行き』では列車内で起きたテロに立ち向かった3人の若者たちのドラマを本人たちを起用して映画化し、『リチャード・ジュエル』ではアトランタ五輪の最中に起きた爆弾テロ事件で人命を救いながらも容疑者として疑われた男の物語を描く。いずれも、主人公たる人物の内面、つまりは“英雄”としてではない顔に迫りながら、その背景にあるもうひとつのテーマを描写する。『アメリカン〜』では戦争後遺症であり、『リチャード〜』ではメディアリンチといったものだ。

 その文脈のなかに含まれるこの『ハドソン川の奇跡』においては、前述の通り「9.11」の影である。「ニューヨークで明るいニュースは久しぶりだ。特に飛行機の話では」という趣旨のセリフが劇中にも登場する。明るいニュースが、過去の暗い出来事を一気に塗り替えることは当然のように不可能であるが、前へと進んでいくことのきっかけになることは確かだ。長い歴史や前述のイーストウッド的英雄譚を振り返っても、英雄が誕生するには何らかの犠牲が伴うものだが、誰も犠牲にはならず、また功績に驕らず自身を省みることができる者こそが本物ではないだろうか。エンドロールで流れる1分足らずの穏やかな映像に、この映画が真に見せたいものが詰まっている。

■放送情報
『ハドソン川の奇跡』
フジテレビ系にて、7月31日(土)21:00~放送
監督:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー
(c)Warner Bros. Entertainment Inc.

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