『おかえりモネ』が描き出すそれぞれの“傷” 朝ドラが向き合ってきた「震災をどう扱うか」

『おかえりモネ』が描き出すそれぞれの“傷”

 第3週「故郷の海へ」、第4週「みーちゃんとカキ」では、モネが就職してから初めて里帰りをするお盆休みの数日間を通じ、百音をとりまく人々の群像劇が描かれたが、それぞれの「あの日・あの時から3年」が胸に迫った。

 1120年の歴史を誇る寺の息子で、仏教系の大学へ進学した幼なじみの三生(前田航基)は「あの時」、住職である父・秀水(千葉哲也)が多くの遺体を弔い、空へと見送る姿を目の当たりにした。それ以来、寺を継ぐという重責を自分が成し遂げられるのかと、思い悩んでいた。

 同じく幼なじみの亮(永瀬廉)は震災で母を亡くし、震災を境に転落してアル中になってしまった父・新次(浅野忠信)に為す術もなく、独り漁師の仕事に勤しむ。常に周りに気を配る優しい亮は、「あの時」から自分の感情を押し殺して生きてきた。何か困っているなら話を聞こうか、と尋ねる百音に、言葉少なに答えた「ごめん。そういうのは俺……やっぱいいわ」という言葉に、亮が抱えているもののいかに大きいかが現れていた。実際、震災から10年経った今でも、「あの日からのこと」を語りたくない人たちがたくさんいるだろう。

 「及川新次が船に乗って魚群に当たらない日は1日もない」と言われるほど、かつては名うての漁師だった亮の父・新次。まだ全貌は明かされていないが、津波で船を失い、銀行員である耕治の勧めで一度は船を買い戻そうとしたが、借金返済の目処が立たず、再建に失敗したようだ。アル中に堕してしまった彼が仮設住宅の前で酔い潰れるシーンに描かれた、復興の「格差」が容赦ない。新次の空虚な眼差しが、「あの日」からの及川家の3年間がどれだけ壮絶なものだったかを物語っていた。 

 耕治もまた、百音と同じく「あの日」そこにいなかった悔恨と、新次を救い出してやれなかったことへの負い目を抱えて生きてきたようだ。家業である牡蠣の養殖は津波で大きな被害を受けたが、百音の祖父・龍己(藤竜也)の踏ん張りで、なんとか借金返済の目処が立ち、どうにかこうにか再建を遂げた。「あの日」、避難所で泣きじゃくっていた美知は水産高校の2年生になり、牡蠣の研究に励んでいる。家業と、そしてこの島の養殖の未来のために自分のやりたいことを見つけた妹を眩しく見やりながら、「あの日」も今も、何もできない自分の無力さに、独り涙する百音の姿が印象的だった。

 百音は「あの日」の経験から、「誰かの役に立ちたい」という志を持ち、気象予報士を目指すが、同時に「役に立つ人にならなければ」という呪縛も背負っているように見える。「あの日」から一度も開けられていない、百音のサックスのケースが目に焼きついて離れない。

 百音と未知の傷は違う 。亮と三生の傷は違う。新次と耕治の傷は違う。「震災」そのものは共通体験だが、そこから始まる悲しみや苦しみはごく個人的な体験であり、決して一緒くたにできるものではない。そして、震災から10年が経つ現在の実社会でも、「あの日」からの傷はまだ消えていない。この作品はこうした、一人ひとりの「その後の苦しみ」に向き合おうとしているようだ。『おかえりモネ』という作品の中で生きる彼らの「復興」が、この後どのように描かれていくのか、見守っていきたい。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:清原果耶、内野聖陽、鈴木京香、蒔田彩珠、藤竜也、竹下景子、夏木マリ、坂口健太郎、浜野謙太、でんでん、西島秀俊、永瀬廉、恒松祐里、前田航基、高田彪我、浅野忠信ほか
脚本:安達奈緒子
制作統括:吉永証、須崎岳
プロデューサー:上田明子
演出:一木正恵、梶原登城、桑野智宏、津田温子ほか
写真提供=NHK

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