日本アニメ映画史に刻まれる“傑作” 『漁港の肉子ちゃん』が描く日常におけるファンタジー

ジブリの感覚に近い傑作『漁港の肉子ちゃん』

 『かぐや姫の物語』、『風立ちぬ』と、日本のアニメーション映画の複数の時代を代表する高畑勲監督、宮崎駿監督、両名の巨匠の集大成といえる2作品が公開された2013年から数年の間、盛んに言われるようになったのが、「ポストジブリ」という言葉だった。国民的なアニメーション映画を生み出す、巨匠擁するスタジオジブリの役割を、どこが、誰が今後担うのかという予想が飛び交ったのである。

 しかし、その種の議論は次第にトーンダウンしていくこととなる。なぜなら、その後『君の名は。』(2016年)や『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年)のように、スタジオジブリとは毛色の異なるアニメーション映画が大ヒットを記録することになったからだ。一方で、『名探偵コナン』劇場版シリーズも多くの動員を獲得している。そんな現在、『この世界の片隅に』(2016年)や『夜明け告げるルーのうた』(2017年)以来となる、作品の質とテーマがジブリの感覚に近いと思える数少ない“傑作”が、久しぶりに、そして思わぬところから、いま出現した。それが、STUDIO4℃の『漁港の肉子ちゃん』である。

 思わぬところ、と言ったのは、製作したSTUDIO4℃は、これまでハイクオリティでありながらエキセントリックで尖った作風のアニメーション映画を数多く手がけてきているからだ。そして言及しておかなければならないのは、同スタジオによる野心的な『海獣の子供』(2019年)の次の映画作品として、映画『えんとつ町のプペル』(2020年)を製作していること。

 『えんとつ町のプペル』は、原作者・西野亮廣自身のオンラインサロンの自己啓発的な理念が作品テーマと重なっているという点で、評価しづらい一作だった。サロンメンバーに無償で宣伝させたり、メンバー個人に大量のチケットを販売して手売りさせるビジネスを行うなど、映画外の部分で物議を醸したことも記憶に新しい。このように、アニメーション映画が拡張的に利用されることで生じる問題について、スタジオに道義的責任が全くないかというと、そうとはいえないだろう。

 この経緯があることで、吉本興業と明石家さんまがプロデュースを務めた、STUDIO4℃の『漁港の肉子ちゃん』という企画自体に、あまり良いイメージが持たれないのは、ある意味仕方のないことかもしれない。しかし、出来上がった本作の出来は、ここ4年ほどの日本のアニメーション映画のなかでは最高と言っていい、傑出したものになっているのである。

 本作の主人公となるのは、優しくてちょっと素直過ぎる性格で、これまで不誠実な男たちに騙されながら様々な地方を転々としてきた、食べることが大好きな通称“肉子ちゃん”と、小学5年のしっかりした娘、通称“キクりん”。たどり着いた漁港で生活を送る2人の日々が綴られていく。

 このストーリーは、小説家・西加奈子の同名小説が基になっている。近年、日本のアニメーション作品の原作になるのは漫画が多く、小説原作の映画化企画は、やはりスタジオジブリが中心になって行っていた分野である。漫画が原作となっている作品は、すでに絵柄や構図が描かれていて、アニメ化作品は、そこから大きく外れた表現をするのは難しい。その点、よく出来た小説のアニメ化企画では、魅力的な物語やテーマを手に入れられるとともに、より自由な演出が可能となるのである。

 今回の監督を務めた渡辺歩とともに、『海獣の子供』からのスタッフで、本作は製作されている。『海獣の子供』が、登場人物の心情や空気感などを、やはり繊細な演出と力強い描写力で表現していたように、本作にもその高い表現力は活かされている。肉子ちゃんのユーモラスな動きや、テンポよく交わされる会話の面白さはもちろん、用水路や港の魚の動きのアニメーションをはじめ、子どもの視点から描かれた、さびれた港町の情景は、クラスメイトたちの確執や家庭の状況に思い悩むキクりんの心の揺れを美しく映し出している。

 単純にアニメーション自体の規模を考えれば、よりリアルな表現が見られる『海獣の子供』の方が圧倒的だ。しかし、地球や宇宙規模といえるスケールの大きな展開や描写に対して、1人の少女が夏休みの経験を通してささやかに成長するという物語上の枠組みに落差があり過ぎて、双方の要素があまり噛み合っていなかったことを考えると、劇映画では描写の一つひとつが、個別の体験だけでなく作品全体にも寄与するように配置されることが重要だということを再確認させられるのである。そして、『漁港の肉子ちゃん』がそうであるように、描写とテーマがガッチリと噛み合ったときに、映画はより強い輝きを放つのだ。

 実写映画化された『さくら』(2020年)同様に、西加奈子が本作で紡いだストーリーは、人生の悲哀を真正面から描いたものだ。とくに『漁港の肉子ちゃん』は、ときに人に裏切られながら、日本の片隅で日々なんとか生きている、不器用で善良な人を描いているところが素晴らしい。なぜなら、そんな肉子ちゃんは、ある意味でわれわれ日本人の象徴であるからだ。人に優しく働き者の肉子ちゃんが幸せに生きることができる環境こそが、われわれ自身が幸せになれる社会であるはずだ。だから、本作はただの母娘の記憶や生活の記録であることを超え、われわれの現在と未来を描くものなのである。

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