『クルエラ』の甘美でパンクな復讐劇 起源となった女優タルラー・バンクヘッドの先進性

クルエラの起源

「自分の過去について後悔しているのは、その長さだけだ。もう一度人生をやり直しても、同じ過ちをすぐに犯してしまうだろう。ただし、もっと早いうちから」
「私は弱く正しいよりも、強く間違っていたい」(タルラー・バンクヘッド)

 クルエラが仕事の休憩中に見るモニターに、高笑いをする美女が映っている。アルフレッド・ヒッチコック監督の『救命艇』(1944年)で知られる女優タルラー・バンクヘッド。オリジナルのクルエラ・ド・ヴィルというキャラクターは、彼女をモデルにしている。ミンクの毛皮を愛用し、男女を問わず数多の恋愛スキャンダルに塗れた女優。悪女の役ばかりを自ら好んで受けた女優。脚本は事前に読まないが、本番になると完璧に演じ切った女優。と同時に、「両性具有」を自称し、同性愛者への連帯を表明した早すぎた女優。公民権に連帯、差別には断固として反対した女優。ホワイトハウスのパーティーに初めて黒人女性(育てのメイド)を連れてきた女優。孤児への支援活動を惜しまなかった女優。枕営業の誘いだけはキッパリ拒否した女優……。

 船上のワンシチュエーションで撮られた『救命艇』では、遭難の危機的状況にあるにも関わらず、ミンクの毛皮が台無しになったことを嘆くタルラー・バンクヘッド。『悪魔と深海』(1932年)では、ゲイリー・クーパーとケーリー・グラント、チャールズ・ロートンといった大スターたちを従え、主演を務めたタルラー・バンクヘッド。『悪魔と深海』の中で、チャールズ・ロートンは、額縁に飾られたタルラー・バンクヘッドの写真を切り裂いて、船とともに海に沈んでいく。タルラー・バンクヘッドの悪魔的存在が、不在の空間であるにも関わらず、霊的な強さでその場を支配する恐ろしいシーンだ。タルラー・バンクヘッドは、しばしば、公私における自身の奔放なイメージを戯画化しすぎていると評された。しかし、こうしたスキャンダル・クイーンである一方で、彼女は当時の社会的弱者と連帯をすることに躊躇のない、時代の先を行く女性でもあった。

 『クルエラ』において、相棒であるジャスパーとホーレスは孤児という設定。ジャスパーは有色人種。同じく孤児であるクルエラは幼少期から彼らと共同生活を送る。ヴィンテージ洋服店のアーティは、グラムロッカーのような両性具有の装い。ほのかな連帯で繋がる黒人女性ジャーナリストの存在。クレイグ・ギレスピー監督は、クルエラというキャラクターの起源、そしてクルエラによる連帯の起源、作品のコアをタルラー・バンクヘッドにまで辿っている。

 黒人メイドの問題を扱った『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(2011年)や、女性差別や同性愛を扱った『バトル・オブ・セクシーズ』(2017年)に出演してきたエマ・ストーンのフィルモグラフィーと、タルラー・バンクヘッドが貫いた連帯の姿勢は、偶然にも重なっている。

 エマ・ストーンにとって『クルエラ』は、まさにこれ以上ない完璧なタイミングで制作された作品といえよう。新時代のヴィラン、クルエラを演じられるのはエマ・ストーン以外にはありえない。そう思わせるだけのキャリアの軌跡、技術と熱量の結晶がクルエラ=エマ・ストーンに宿っている。本名のエステラを名乗る少女時代を描くシーンに、クルエラのナレーションが入る。「1964年。女性の時代はまだ遠い話だ」。

関連記事