宇宙規模のスケールで問う移民問題と人間の価値 SF映画『密航者』は“現在”を映し出す

SF映画『密航者』は“現在”を映し出す

 人類の発展のために合理的で割り切った考え方をするならば、答えは簡単だ。もともとミッションに必要がなく、過失とはいえ船内に紛れ込んでいたマイケルが犠牲になるのが、最も順当な選択といえる。彼は乗組員としてそれほど役に立つわけでなく、火星に着いたとしても、目覚ましい発見や研究ができるわけではない。しかし、人の命とは、そのような観点から優先順位をつけて良いものなのだろうか。このような“合理性”が支持されるのならば、人間の存在や命には優劣が存在するのを認めることになってしまう。そしてその判断を、果たして人間が行う権利があるのだろうか。

 本作が突きつける、この難問の背景に存在するのが、現実の「移民問題」である。近年、「移民が多すぎる」との不満が噴出したイギリスでは、外国人が国境で検査なく移動することができるというルールを守らねばならないEU(欧州連合)からの離脱を、国民投票によって決断した。イギリスは、ヨーロッパの中でも経済が豊かな国である。そこに移民が住みつくことで、治安の低下や福祉サービスの低下などを懸念した国民が多かったということだ。さらに噛み砕いて言えば、「自分たちの取り分が奪われる」という不安が渦巻いていたといえよう。本作は、まさにこのような排斥が起こる状況を、宇宙船という密閉空間の中に再現しているのである。

 本作の監督を務め、脚本を書いたのは、ブラジル出身のジョー・ペナだ。彼はYouTubeで「ミステリー・ギターマン」を名乗り、10年以上前からギターテクニックと映像編集によって、ブラジルで今のYouTuberに近い活動を、早い時期から始めて人気を得ていた人物である。そこからアイスランドやアメリカで映画を監督することとなったのは、これまでの映画界には考えられないキャリアアップだといえよう。ブラジルといえば、ここ数年でアメリカへの不法移民の数が急増した国でもある。もちろん、違法に外国に移住しようとすることには問題はあるが、そこまでして移住したがる背景には、様々な事情が存在するのも確かである。自分自身の過去や、国際的な状況を振り返った上で、移民問題というのは、ペナ監督にとって大きなテーマとなっているはずである。

 しかし、そもそも移民排斥を、現在の住民たちが求めるということに、絶対的な正当性が存在するのだろうか。移民問題が取り沙汰されるアメリカやイギリスは、歴史的にもともと先住民が存在した土地であり、現在の国民の多くは、そこに移住してきた“移民”をルーツに持つ人々なのである。入植時には、ルールや法を守るどころか、武力をもって、土地や命、財産を奪うこともあった。ちなみに日本でも、大和朝廷が蝦夷と呼んだ民族などを迫害して領土を奪ってきた史実がある。その意味では、「移民よ出て行け」と、大きな顔をして主張できる国家、民族というのは、きわめて限られているといえるのではないのか。

 本作では、たしかにもともと宇宙船に乗るべき3人に、より大きな権利が存在するように感じられる。だが、彼らの能力の価値や権利というものは、人類の歴史のスケールで考えると、きわめて狭いルールや基準の中で保証されているに過ぎない。乗組員たちのいる部屋の窓からは、気の遠くなるくらいに巨大な宇宙空間が広がっている。物語の序盤には大きく見えていた地球の姿は、すでに他の星々と同じく、いまでは小さな光の点となっているのだ。それは、人間の全存在を集めても、大宇宙の中ではあまりに小さなものでしかないことを物語っている。そこで地球上のルールを持ち出し、人間の命の価値を判断をすることは、きわめて野蛮な行為ではないのか。

 SF作品は、日常を超えた表現によって、われわれの既成概念を崩す役割を担うことができる。本作は、まさにその特権によって、移民問題や人間の価値を、宇宙規模の大きなスケールで、あらためて考えさせるのである。果たして、巨大過ぎる虚空の闇の中で、人間が生み出せる“意義あるもの”、“価値あるもの”というのは存在するのだろうか。あるのだとすれば、それは一体何なのか。本作のラストシーンは、物語自体が発生させたわれわれの疑問に対し、一つの答えを提示している。それをどう判断するのかは、われわれ次第である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
『密航者』
Netflixにて配信中
出演:アナ・ケンドリック、トニ・コレット、ダニエル・デイ・キム、シャミア・アンダーソン
監督:ジョー・ペナ
脚本:ジョー・ペナ、ライアン・モリソン

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