継承を巡る物語『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』 さらに先に進んだMCUの姿勢

 MCUにおいて、キャプテン・アメリカはヨーロッパ戦勝記念日(1945年5月8日)から約70年間凍結されてしまう。つまり、彼は第二次世界大戦の終わりにも、原爆投下(がMCUの世界にあったか不明だが)にも立ち会っていない。『エンドゲーム』を観る限り、もしかしたら、今後その設定にメスが入る可能性はないとも言えないのだがーーキャプテン・アメリカが偉大なヒーローであることに異論はないが、彼はあまりに歴史の重要地点におらず、象徴としての側面が強すぎた。『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』で判明するのは、キャプテン・アメリカ不在のツケを払わされていた黒人たちや退役軍人がいたことだ。

 『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』第2話で登場するイザイア・ブラッドリーは1951年の朝鮮戦争でキャプテン・アメリカのように“超人兵士”として活躍したが、彼に盾が手渡されることはなかった。アフリカ系アメリカ人の航空部隊“レッドテイルズ”に白人至上主義者たちが行った仕打ちを見てもわかるように、どうやら黒人のキャプテン・アメリカは存在してはいけないらしい。黒人兵士たちは実験体として扱われ、それらは“証拠”として歴史の闇に葬られてしまった。イザイア・ブラッドリーはキャプテン・アメリカと違う形で“凍結”されていたのだ。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)において、サムはキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースに対して、「Everything you missed jammed into one album.」と言って、マーヴィン・ゲイの「Trouble Man」(1972年)を聴くように勧める。ベトナム戦争や黒人文化の歩み、その意図にスティーブがどれだけ気付いたかわからないが、彼はサムに盾を渡すことを決める。『エンドゲーム』のラストとは対照的に『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』はサムが家から外に出る支度をするシーンから始まる。サムの帰るべきホームはどこにあるのか? レガシーをどう引き継ぐべきなのか? サムが漁業を営んできた実家の漁船を修理するエピソードは、アフリカ系アメリカ人がどうやってアメリカにやってきたかを踏まえてみると示唆的である。

 『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』の継承を巡る物語は、2人のキャプテン・アメリカを誕生させる。ストリートでの殺害現場を市民に撮影されてしまう白人ヒーローになったジョン・ウォーカーの物語も、事件の発端になったのが黒人の相棒の死であり、悪のステレオタイプとして単純に切り捨てられないものになっている(その友情は“黒人のサイドキック”がほしいという白人社会の傲慢である部分も見逃せないが)。キャプテン・アメリカとU.S.エージェントの誕生は、「On your left」と言っていられないアメリカの現状が反映されているのだろう。保守とリベラル、共和党と民主党、二項対立による分断ではなく、両者に橋を架けるために、複雑な正義の対立を安易な勧善懲悪に着地させなかったのは賢明な判断だ。そして、バッキーの物語も“ウィンターソルジャー集会”の文脈を踏まえての“告白”で幕を閉じる(相手がアジア系であるのも重要だ)。歴史に残らない歴史を語ること、この継承のドラマは2時間という制約の中では到底描けなかっただろう。

 2021年4月20日、ジョージ・フロイドを殺害したとして、元警官のデレク・ショーヴィン被告を2級殺人、第3級殺人、故殺の罪で有罪とする評決が下されたーー私はまだ見たことのないものがみたい。MCUにはきっとそれができる。アベンジャーズ・アッセンブルの中心に多くの女性や有色人種がいても不自然ではなく、堂々とスクリーンで輝いている未来にむけて、フェーズ4は動き始めている。ひとまずはMCU開始13年目にして初のアジア系メインヒーローが誕生する『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年予定)の公開を心待ちにしたいと思う。より良い世界を造れると信じて。

■島崎ひろき
8月に5曲入りのEPを出すとか出さないとか。Twitter

■配信情報
ディズニープラスオリジナルドラマシリーズ『継承を巡る物語』
ディズニープラスにて独占配信中
出演:アンソニー・マッキー、セバスチャン・スタン、ダニエル・ブリュール
監督:カリ・スコグランド
脚本:マルコム・スペルマン
原題: The Falcon and Winter Soldier
(c)2021 Marvel

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