『おちょやん』万太郎が見据える演劇の可能性 寛治は満州で豪快伝説の幕開け

『おちょやん』万太郎が見据える演劇の可能性 寛治は満州で豪快伝説の幕開け

 空襲で焼け跡になった道頓堀で千代(杉咲花)は芝居の火を守ろうとする。『おちょやん』(NHK総合)第87回は役者魂の発露と懐かしい顔との再会があり、そんな中、刻一刻と戦火の終わりが近づいていた。

 岡安が罹災し、みつえ(東野絢香)や一福(西村竜直)は千代の元に身を寄せていた。天王寺にある一平(成田凌)と千代の家は空襲を免れており、つぎはぎだらけのボロ家がにぎやかな空気に包まれたのも束の間、寛治(前田旺志郎)が満州へ行くと言い出す。

 一平の必死の説得に対して、寛治は「誰かの役に立ちたいんです」と涙ながらに訴える。慰問団への参加は成長した寛治の切なる願いだった。千代が出した条件は「毎月必ずお給金を送ること」。慰問が続けられなくなるくらいの危険な状況を見越して、安否確認と寛治の思いを尊重した言葉だった。「うちの気変わる前にさっさと行きなはれ」とシズ(篠原涼子)のように気丈に送り出す一方、「絶対、生きて」と親心も見せた。他人だった千代と寛治の間には間違いなく親子の情が通っていた。

 廃墟の稽古場で千代は「手違い話」を1人で演じるが、憲兵から「不謹慎」と見とがめられ、「ええ気なもんやな」、「役者っちゅうのはお気楽でよろしいな」と人々に責められる。窮地を救ったのは万太郎(板尾創路)。柝の音ととともに入場し、おもしろすぎるアドリブでその場を切り抜けた。「人も物も劇場も、みんな消えていきよる。道頓堀が道頓堀でのうなってしもうたわ」と嘆く万太郎。かつての道頓堀の喜劇王が、この状況を前に悔しくないはずがない。それでも万太郎の芝居への情熱は尽きなかった。千代に「あの外国の奴らにかて、わてらの芝居見せて、おもろいて思わせれるはずなんや」と言葉の壁を超えた演劇の可能性を話して聞かせるのだった。

 喜劇は誰のためにあるのだろうかと考えさせられた。後世の私たちは、戦争に協力したという理由で、戦時下の表現を一方的に悪と断定しがちである。しかし、鶴亀家庭劇で人々を楽しませる喜びを知った寛治は純粋な思いから満州へ向かい、最後まで舞台を続けようとした千代は「うちらはずっと芝居して、兵隊さんや銃後を守ってる人たちを励ましてきたんだす」と訴える。戦時ものの芝居にしても、それに共感するお客さんがいて成立するものだ。歴史的な評価は避けられないにしても、演じる側の真剣さと観客の感動に嘘はなかったはずで、知らず知らずのうちに表現そのものを政治的なフィルターを通して見てしまっていることに気付かされた。

 万太郎は、戦争や政治を超えたところにある表現それ自体の力を見据えている。いつの時代にも決してなくならない普遍的な魅力が演技にはあり、桜舞い散る廃墟で一心不乱に演じる千代の周りに人が集まってきた様子は、そのことを雄弁に物語っていた。満州へ行った寛治は案に相違して、あるいは不安が的中してか、美女を侍らせ賭博に明け暮れており、藤山寛美をモデルにした豪快伝説を彷彿とさせる。こちらはどうか当初の志を思い出してほしい。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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