山崎育三郎の豹変に戦慄 『殴り愛、炎』から目を逸らすことができない理由
山崎育三郎のシアトリカルな持ち味も本作にハマっていた。抑えめのトーンながら、穏やかな性格の主人公・光男が嫉妬をこじらせ狂気を養う過程を、説得的に表情で演じきった。『奪い愛』シリーズの殺し文句「ここにいるよ~」の瞬間には、言いようのないカタルシスを覚えた。小道具の双眼鏡やカウンターは画的な面白さとともに、関心が監視に、愛情がエスカレートすることを暗示していた。
以上は従来の作品でも見られたが、本作のもっともユニークな点は、真っ黒な男の嫉妬をありがちな心理劇として構成するのではなく、果たし合いのアクションに転化するところだ。破壊衝動は鈴木の作品に頻出するモチーフだが、『殴り愛、炎』では光男と信彦の対決シーンが前編のクライマックスを形づくっている。拳を合わせることは、男同士の体を張ったコミュニケーションという側面もある。衝動的あるいは関係が破綻した末の自己完結的な暴力ではなく、相手がいることで生まれる血の通ったバイオレンスは、昨今のテレビドラマでは貴重だ。鍛えた肉体を持つ俳優2人のぶつかり合いは、それだけで十分に見応えがあった。
光男が信彦に向かって愛の拳を炸裂させた前編。素直に考えれば、後編では光男と信彦が秀実をめぐって奪い合いを繰り広げると思われるが、おそらく想像通りにことは運ばないだろう。これまでにも想像を超えたサムシングをぶっこんで来たのが『奪い愛』シリーズであり、前編が比較的平穏に過ぎた分、後編は荒れに荒れることが予想される。拳の応酬はどんな結末を導くのか? 怒涛の伏線回収と役者陣のリミッターを振り切った演技に期待したい。
■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログ/Twitter
■放送情報
『殴り愛、炎』
テレビ朝日系にて放送(※一部地域を除く)
【前編】 4月2日(金)23:15~24:15
【後編】 4月9日(金)23:15~24:15
出演:山崎育三郎、瀧本美織、酒井若菜、永井大、市原隼人
脚本:鈴木おさむ
ゼネラルプロデューサー:横地郁英(テレビ朝日)
プロデューサー:川島誠史(テレビ朝日)、菊池誠(アズバーズ)
演出:樹下直美
制作協力:アズバーズ
制作著作:テレビ朝日
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