綾野剛と成田凌の対峙を見逃すな 清水崇監督作『ホムンクルス』の無限に拡がる世界の入口

『ホムンクルス』が見せる、無限に拡がる世界

 それによって“第六感”が目覚め、他人の持つトラウマがその人物に投影される形で見える“ホムンクルス”の世界は、ホラーとはまた違うベクトルの不気味さがただよう。薄っぺらい人間や、赤い服を着たのっぺらぼう、古ぼけたロボット。いずれもVFXによって精密に作られていながら、あくまでも主人公にしか見えない異質なものとして画面の中で浮き出るように存在しているあたり、実に巧妙だ。特に目を見張るのは、全身が砂となった石井杏奈演じる“女子高生1755”のホムンクルスの造形。原作の作画以上に人間味からかけ離れたルックで表情を持ち、狭い車の中で主人公と揉み合う蟻地獄のような一連は、この上なく緊張感がある。

 考え方によっては、それらはある種のクリーチャーとして、ホラーアイコンのように機能するわけだが、あくまでもこれはサイコサスペンス。劇中で“ホムンクルス”はオカルトと同じ、脳が作りだした虚像であると説明される。もしかするとこれは、ホラー作家である清水崇が幽霊などの怪異をこれまで以上にロジカルな方向性から解釈しようとする作品と言っていいのかもしれない。

 その一方で、映画前半に主人公が“見える”ことを駆使して、さながら『グリーンマイル』のジョン・コーフィーのように人々をキュアしていく姿は、希薄な人間関係の中で不器用さに不器用さを重ねていく現代社会に降臨したメサイアのような一面を感じさせる。そのまま主人公が人類の救済に奔走するストーリーになっても面白そうだが、ミステリアスなそのバックグラウンドをミステリアスなままにしないのが近年の映画の性だ。岸井ゆきの演じる謎の女性との出会いを通じ、主人公は少しずつ記憶を取り戻していきながらキュアしきれない自身の過去にもがく。異形の見える世界というファンタジーは残されながらも、よりサイコロジカルな人間ドラマとして結末へと向かっていく後半の畳み掛けは秀逸で、まさか清水崇の映画を観てこんな開放的な気分を味わうなんて。

 もちろん主人公を演じる綾野のどこか気だるげだが人間らしさを隠さない演技は好感を持てるが、それ以上に場をかっさらっていくのはやはり成田凌の怪演だ。『スマホを落としただけなのに』でのサイコパスを彷彿とさせる目玉をひん剥いた挙動不審さに、現在公開されている『まともじゃないのは君も一緒』では“普通”を求める予備校教師だった彼が“普通”を否定していく。いま日本映画界でエキセントリックなキャラクターを演じさせるなら、成田の右に出るものはいないだろう。この二人が向かい合うラストの屋内シーンで、カーテンを介して柔らかく拡がる光。映画冒頭、頭蓋骨に開けられた孔からの制限された光とはまるで違う、無限に拡がる世界の入口がそこには確かに見えた。

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※江崎文武の「崎」は「たつさき」が正式表記。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『ホムンクルス』
4月2日(金)より期間限定公開
出演:綾野剛、成田凌、岸井ゆきの、石井杏奈、内野聖陽
監督:清水崇
原作:山本英夫『ホムンクルス』(小学館『ビッグスピリッツコミックス』刊)  
脚本:内藤瑛亮、松久育紀、清水崇
メインテーマ:millennium parade「Trepanation」
音楽:ermhoi、江崎文武
プロデュース:古草昌実
企画プロデューサー:宮崎大
プロデューサー:中林千賀子、三宅はるえ
配給:エイベックス・ピクチャーズ
制作プロダクション:ブースタープロジェクト
In association with Netflix
(c)2021 山本英夫・小学館/エイベックス・ピクチャーズ
公式サイト:homunculus-movie.com
公式Twitter・Instagram:homunculus_eiga

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