『その女、ジルバ』が教えてくれる“笑うこと”の大切さ 心に染みる熟女バーの人々の言葉

 人生は、辛いことが多い。思い通りにいかないこと。信じていた人に裏切られること。大切な人を喪うこと。心が折れそうになることはいっぱいあって、ふと耳の奥の方で、誰かが小声でつぶやくのだ。こんな人生じゃなかったはずなのに、と。

 気づいたら、いつも愚痴が口から出ている。曖昧な天気予報に文句を言って、すれ違う幸せそうな人を見て毒づいている。いつの間に自分はこんなふうになってしまったんだろう。眉間にしわが寄ってばかりの自分の顔を見て嫌になるけど、でもため息は止められない。

 『その女、ジルバ』(東海テレビ・フジテレビ系)の主人公・笛吹新(池脇千鶴)もそんな一人だった。短大卒業後、憧れのアパレル企業に入社するも、リストラで倉庫勤務に出向。仕事への情熱も見失い、疲れた顔で出社して、ただ帰るだけの毎日だ。結婚する予定だったはずの恋人とは、相手の浮気により破談。40歳の誕生日に届くのはネット通販からのお祝いメールだけという、冴えない日々を送っていた。

 それが、熟女バー「OLD JACK&ROSE」の求人の張り紙を見つけたことから、人生を変えようと一念発起。『その女、ジルバ』は、明るく陽気な先輩たちに囲まれながら、新が自分の人生を取り戻していく再生の物語だ。

辛い人生の処方箋は、よく笑うこと

 新の設定は決して過剰ではないと思う。同じように、将来の展望が見えず、これからどうやって生きていけばいいのか不安に押し潰されそうな人たちが、この国にはいっぱいいる。そんな丸まった背中を、「OLD JACK&ROSE」の人々は「シジュー(40)なんてまだまだこれから!」と景気良く叩く。その言葉には、自分よりもずっと長く生きた人たちからの「シジューで人生終えなくて良かった」「まだまだこの先に楽しいことがいっぱいある」というメッセージがこもっていて、下を向いてばかりだった目線をちょっとだけ上げてみようという気持ちになる。

 なぜこんなにも「OLD JACK&ROSE」の人々の言葉が沁みるのか。それは、彼女たちがみんなよく笑っているからだろう。

 「OLD JACK&ROSE」の人たちは、ホステスも、お客さんも、みんなよく笑う。おかしそうに、お腹の底からケタケタと笑う。人と人とが対面で話すことをためらわれ、Zoomを切った瞬間、誰もいない孤独なワンルームに取り残されてしまう今の世の中を生きる身からすると、あんなにも豪快に笑ったのはいつが最後だろう、と羨ましくなる。

 でも決して「OLD JACK&ROSE」の人々はただ能天気に笑っているわけじゃない。みんなそれぞれ辛さを抱えている。ナマコ(久本雅美)は親に捨てられ施設育ち。エリー(中田喜子)は結婚詐欺師に騙され実家の全財産を失った。まだドラマでは明確に描かれていないが、原作ではひなぎく(草村礼子)も苦労の多い人生を生きてきた。

 何より「OLD JACK&ROSE」の初代ママであるジルバ(池脇千鶴/2役)自身がブラジル移民準2世で、第二次世界大戦のさなかに日本に引き揚げてきたものの、夫と子どもを感染症で亡くしている。それでもジルバは自分の足で立ち、頼る人のいない日本で「OLD JACK&ROSE」をオープンし、たくさんの仲間とお客さんから愛された。そして、お店の壁に飾られた亡きジルバは、まるでブラジルの太陽みたいに明るく笑っている。「OLD JACK&ROSE」の人々がよく笑うのは、そんなジルバママの精神を受け継いでいるからだろう。

 2代目ママのくじらママ(草笛光子)は、苦手なダンスに挑戦しようとする新にこうエールを贈る。

「楽しめばいいの。ね? 踊って、転んで、笑って、80年」

 この言葉に、このドラマのテーマが凝縮されている。人生には、華やかなステージの上できらびやかなドレスをまとい踊る季節もあれば、ステージから転げ落ちて、足を挫き、這い上がれない時期もある。それでも、笑ってさえいれば、きっと楽しくなる。そして、辛いときに人が笑うために必要なのは、気の置けない仲間たちとのくだらないおしゃべりなのだということを、『その女、ジルバ』は教えてくれる。

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