コロナ禍の今こそ映画で旅へ 『エル・スール』『立ち去った女』など独自の感性極まる4作を紹介

コロナ禍の今こそ珠玉の4作品で旅へ出る

『私の20世紀』

『私の20世紀』(c)Hungarian National Film Fund- Film Archive/photo:István Jávor

ザ・シネマメンバーズで『私の20世紀』を観る

 先ほどタル・ベーラにちらっと言及したが、彼の国――東欧ハンガリーが今度の旅先。コミュニケーションが苦手な女性と男性の恋愛を不思議なタッチで描いた『心と体と』で、第67回(2017年)ベルリン国際映画祭の金熊賞を獲得したイルディコー・エニェディ監督(彼女も寡作の作家だ)の、1989年の長編デビュー作『私の20世紀』。当時、第42回カンヌ国際映画祭でカメラドール(最優秀新人監督賞)を受賞し、ニューヨークタイムズの年間映画ベスト10に選出されるなど高い評価を得たが、これはむしろ今の時代の方が刺さるのではないか。「早すぎた傑作」の貌も備える必見の一本だ。

 映像は『立ち去った女』と同じく全編モノクローム。だがこちらはカットが華麗に切り替わり、103分のマジカルで狂騒的な物語――ファンタジックな歴史絵巻が目まぐるしく展開していく。

 お話は1880年、米ニュージャージー州メンローパークから始まる。かのトーマス・エジソンが白熱電球を発明した頃、遙か遠いハンガリーのブダペストでは、リリとドーラという双子の姉妹が誕生した。やがて孤児となり、路地でマッチ売りの少女となった姉妹だが、クリスマスイブの夜、ふたりは別々の紳士のところにもらわれていった。

 やがて1900年。別々の人生を歩んだ姉妹は、オリエント急行に偶然乗り合わせる。リリは気弱な革命家として、ドーラは狡猾な詐欺師として……。そっくりな双子、リリとドーラ(さらに彼女たちの母親)を、ドロタ・セグダがひとりで演じる。19世紀の終わりから20世紀の始まりまで、映画(キネトスコープ/シネマトグラフ)の発明も含めて、本作は歴史の重要な端境期を旅する。テクノロジーの端緒であるエジソンの発明の数々。人類は巨大な進歩と引き換えに、何を失ったか? 新しい万能時代到来の光と影をスラップスティック(ドタバタ)喜劇のノリで批評的に見つめていく。またそれ以上に重要なのは、男性優位主義への痛烈なまなざしがあることだ。

 もっとも印象に残るのは「ハンガリー女性解放論者の会」主宰の講演のシーンだろう。教壇に立っているのは『性と性格』の著者である哲学者、オットー・ヴァイニンガー(1880年生~1903年没)。参政権など女性の社会的権利への加担を説きながら、すぐに「男は論理、女は非論理」といった雑な偏見に流れていく。フェミニズムを装いながらも露呈する性差別の意識。この映画で描かれるヴァイニンガーの姿は、まだまだ2020年の世界にも残る男性一般の戯画ではないか。

 「男性優位主義は滅びるの」と劇中で宣言される『私の20世紀』は、21世紀において先駆的なシスターフッド映画として読み直されるのかもしれない。オルタナティヴな場所から放たれる知見や価値観に触れ、歴史と今の接続点を発見することも「旅」の大きな歓びであるはずだ。

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

■配信情報
『ミツバチのささやき』『エル・スール』『立ち去った女』『私の20世紀』
ザ・シネマメンバーズにて、2021年1月より順次配信
ほか多数作品、ザ・シネマメンバーズにて配信中
ザ・シネマメンバーズ公式サイト:https://members.thecinema.jp/

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