コロナ禍の今こそ映画で旅へ 『エル・スール』『立ち去った女』など独自の感性極まる4作を紹介

コロナ禍の今こそ珠玉の4作品で旅へ出る

『立ち去った女』

ザ・シネマメンバーズで『立ち去った女』を観る

 続いて東南アジアへ。フィリピンから、現代映画の最尖鋭に立つ鬼才ラヴ・ディアス監督の代表作『立ち去った女』をご紹介。モノクロームで綴られた圧巻の3時間48分――ただしこの尺はワン・ビンと並ぶ「長尺監督」として知られる彼としては短い方なのだ! ディアスは今世紀初頭から映画祭を中心に評価を高め、本作で第73回(2016年)ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を獲得(フィリピン映画としてこの受賞は初)。日本でも初のロードショー公開を果たした。

 ヴィクトル・エリセの映画を味わうために必要なのが「感受」だとしたら、ディアスの場合は映画全体を丸ごと受け止めるような「体験」あるいは「体感」の姿勢で臨むべきだろう。徹底したワンシーン・ワンカット、長回しとロングショットで人間の業をじっくりあぶり出す。独特のリズムを湛えた究極のスローシネマであり、その中毒性は『サタンタンゴ』(1994年)や『ニーチェの馬』(2011年)などで知られるハンガリーのタル・ベーラなどに近いかもしれない。

 内容はトルストイが1872年に発表した短編小説『God Sees the Truth, But Waits(原題)』にインスパイアされたもの。実はこれは大人気のハリウッド映画『ショーシャンクの空に』(1994年/監督:フランク・ダラボン)の原作――スティーヴン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』の着想源としても知られ、一様に無実の罪で投獄された主人公の話である。

 時代設定は1997年。香港の中国返還の影響を受け、不況や治安の悪化に揺れるフィリピンの混乱を背景にした、殺人の冤罪で30年も投獄されてしまった女の復讐劇だ。

 ヒロインは元小学校教師のホラシア(チャロ・サントス・コンシオ)。同じ受刑者であった親友ペドラの衝撃の告白により、突然無実が証明されて釈放となる。その事件の黒幕は、なんとホラシアのかつての恋人ロドリゴだった。彼女はレナータやレティシアといった偽名を使い分け、自分を陥れた男の行方を執拗に追うが、ホラシアの前には謎めいた人々が次々と現われる……。

 追われる男ロドリゴは現在富を得ているが、同時に欺瞞だらけの人生を生きてきた不安に苛まれてもおり、彼の肖像にはドストエフスキーの影響なども強く感じさせる。ディアスが織り成す人間群像は派生的かつ多層的であり、また激動のフィリピンの現代史を重厚に盛り込みつつも、語りにはどこか軽みがある。それが長尺でも多くの観る者を魅了する大きな理由だろう。

 ちなみに1958年生まれのディアスは映画作家のみならず、詩人やロックミュージシャンとしても活動する異能の人。2018年の第31回東京国際映画祭で上映された新作『悪魔の季節』(尺はやはり約4時間)は、1970年代後半のマルコス独裁政権下を舞台にした、アカペラ歌唱のロック・オペラという超異色ミュージカル映画だった! 2020年も新作『チンパンジー属』(第77回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門で監督賞受賞。第33回東京国際映画祭でも上映)を発表しており、精力的な活動を続けている。

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