コロナ禍の今こそ映画で旅へ 『エル・スール』『立ち去った女』など独自の感性極まる4作を紹介

コロナ禍の今こそ珠玉の4作品で旅へ出る

 エリセの第2作『エル・スール』もやはり(もしくは、さらに繊細な)「感受」が求められる珠玉の逸品だ。原作はエリセ夫人であるアデライダ・ガルシア=モラレスの同名短編小説で、映画公開後の1985年5月にスペインで出版された。

 起点は1957年の秋の朝――15歳の少女エストレリャが回想する形で、姿を消してしまった父親アグスティン(オメロ・アントヌッティ)の想い出が語られていく。少女が7歳から8歳になる頃、県立病院の医師の職が決まった父親に連れられ、一家は北部バスク地方の郊外に居を構えた。その一軒家は「かもめの家」と呼ばれ、屋根の風見のかもめは、いつも南(エル・スール)を指していた。

 いつも優しい父親だったが、やがてエストレリャは、彼が内戦の頃に別れた、かつての恋人を今も愛していることを知る――。

『エル・スール』(c)2005 Video Mercury Films S.A.

ザ・シネマメンバーズで『エル・スール』を観る

 行定勲監督が島本理生の同名小説を映画化した『ナラタージュ』(2017年)では、『エル・スール』へのオマージュが込められている。妻がいる高校教師と、その教え子として出会った女性の恋愛が、アグスティンの苦悩や葛藤に重ね合わせているのだろう(『ナラタージュ』は原作小説も含めて、ヴィクトル・エリセへの言及が多い作品として注目してほしい)。

 またアグスティンの心の傷の背景になっているのはスペイン内戦の影である。彼は「南」の出身だが、対立する王党派らしき父親(つまりエストレリャの祖父)と大げんかして、故郷を捨て「北」のバスクにやってきた。また母親フリアはかつて教師だったが、内戦後に思想的な問題で教職を追われた。フリアも、またかつての恋人ラウラも内戦時代の記憶を拒んでいるが、アグスティンは諦念や喪失感に苛まれながら、まだ過去にこだわっている。

 さらに言えば、『ミツバチのささやき』で養蜂を営むアナの両親も、スペイン内戦で挫折を経験した左派であったことが、そっと示唆されている。政治的主題も決して声高に主張せず、日常の営みの風景に慎ましく忍ばせるのがエリセの流儀なのだ。

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