菊池風磨主演『バベル九朔』で味わうシュールな世界観 万城目学作品はなぜ映像化に向いている?

 ただ、現在放送中のドラマは原作から改変した部分も多い。まず原作では主人公1人でビルに住んでいるのに対し、ドラマでは親友とともに引っ越してきて彼との関係がクローズ・アップされる。それ以上に大きいのは、原作では雑居ビル「バベル九朔」から“バベル”へ入りこんだ主人公は元の世界へ帰れなくなり、最後のほうまで悪戦苦闘すること。連続ドラマのほうでは、毎回、満大が2つの世界を往復する。1回30分のフォーマットで山場を作らなければならないからだろう。彼は、夢がかなう場所に取りこまれそうになる雑居ビルの住人を救おうと、異世界へ何度も行く。ヒーローもののテイストを強めて脚色しているわけだ。

 一方、原作は誰かを救うヒーローの話ではない。“バベル”に居続けるという現実逃避を選ぶかどうかは、第一に主人公の問題なのだ。脚本家志望であるドラマの満大は引っ越してきたばかりの新米管理人だが、原作の主人公は作家になるため会社をやめて管理人となり、すでに2年が過ぎている。賞の募集に原稿を送っても落選が続き。それらの応募作とはべつに会社にいる時から3年かけてようやく書きあげた大長編もあったが、カラス女の襲撃で応募しそこなっていた。精神的に追いつめられた彼は“バベル”で、しあわせな夢のままを選ぶのか、きびしい現実に戻るのか。

 興味深いのは、管理人という設定が、著者である万城目学の実体験であることだ。彼自身も大学卒業後、2年間働いてから雑居ビルの管理人になり、空き時間に小説を書いていた。『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し作家デビューしてからも『プリンセス・トヨトミ』の連載開始まで、その仕事をしていたという。つまり、『バベル九朔』は、カラス女が出てくる非現実的な話なのに自伝的で私小説的な作品なのだ。

 万城目は『鴨川ホルモー』の京都、『鹿男あをによし』の奈良、『プリンセス・トヨトミ』の大阪、『偉大なる、しゅららぼん』の琵琶湖のように特定の場所のすぐ裏側にある異界を描いてきた。それに対し、『バベル九朔』は、作家としての自分の出発地点だった
雑居ビルを題材にして、そこにあったかもしれない異界への扉を開けてみた物語である。

 小説では「第一章 水道・電気メーター検針、殺鼠剤設置、明細配布」、「第二章 給水タンク点検、消防点検、蛍光灯取り替え」と、管理人の仕事から章題がつけられている。そうした作業の数々を語ったうえで、やがて面白くもない毎日に違和感が混じり始め、ある段階で一気に異世界の姿があらわになるのを描く。

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