二階堂ふみ演じる音を“持っている人”として描かなかった『エール』 モデル・古関金子との違いは?

 さらに思い出して欲しいのが、第2週「運命のかぐや姫」で少女時代の音(清水香帆)がかぐや姫を演じた時のこと。当初決まっていたのは有力者の娘で、音はその子に頼まれ本番で主役を演じた。舞台上で歌う音の姿に観客は感動し、彼女に大きな拍手を贈る。実力がコネを超えたのだ

 幼い頃、そうして主役を勝ち取った音がふたたび夢に向かって歩き出したところでみずからの衰えと実力不足を思い知り、裕一に背を向け涙をこらえながら「わかってしまったんです、私……私はここまでだって。悔しい、悔しいけどどうにもならん」と心情を吐露する。

 音の夢は本当にここで終わりなのだろうか。「戦争が終わったら、もう一度、夢のつづきを始めましょう」と裕一が音に残した手紙の言葉もここでついえてしまうのか。

 『エール』で裕一と音のモデルとなった古関夫妻のエピソードをそのまま辿るのなら、裕一が音のために新しいオペラの楽曲を書き、彼女が大舞台でそれを歌うことが「夢のつづき」になるのだろう。が、この物語はそうでない方向に着地した。大きな挫折を経験した音は、クリスマスに教会で裕一が作曲した「蒼き空へ」を子どもたちやかつての仲間の前で歌い、音楽の力とその楽しさを思い出す。

 舞台に立ち、多くの人の前で何かを表現することを夢見ていた人間がそれを叶えるのは大変なことだ。というか、ほとんどの人はその夢に破れてスポットライトの前から姿を消してゆく。だが、人生は続く。残された時間は長い。

 これからの音の「夢のつづき」に音楽が存在するのは間違いない。が、戦争後、どこかしおらしくなった音が、これからただ裕一を支えることで音楽と繋がっていく展開になるとしたら一抹の寂しさを感じる。“持っている人”として時代を駆け抜けた金子と違い、“持てなかった”音には別の形で輝いてほしい。夫を支えるだけでなく、夫と並んで歩く人生を選択して欲しいのだ。そして裕一はともに歩く音の手をしっかり握ってくれるパートナーだとも思う。

 豊橋時代、姉・吟とアジフライを争って妙な踊りを見せたり、裕一が作曲家として伸び悩んでいた頃にマネージャーとしてガシガシ売り込みに走っていた音が私はとても好きだった。音の「夢のつづき」が彼女の前向きなエネルギーを自分のために活かせるものであることを祈りつつ、その未来にエールを送りたい。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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