A・キュアロン監督の抜擢がテーマと合致 転換期となった『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
世界中の幅広い層で支持を集めた超ベストセラーのファンタジー小説『ハリー・ポッター』シリーズが日本テレビ系『金曜ロードSHOW!』で地上波放送されている。今回放送されるのは、第3作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』だ。
原作が進むごとに、主人公ハリーの年齢も上がり、それに合わせて内容も複雑で深刻なものとなり、読者と一緒に成長していくのが原作小説の特徴。映画版もまた、様々な点でシリアスでダークなものとなっていく。
第1作、第2作は、『ホーム・アローン』シリーズや『ミセス・ダウト』(1993年)など、子供向け作品やファミリー向け映画を得意としたクリス・コロンバスが監督を務め、内容的にも興行的にも成功を収めたが、製作側はここで攻めに出る。『小公女』を原作とした『リトル・プリンセス』(1995年)や、ディケンズ文学の映画化作『大いなる遺産』(1998年)を撮っているアルフォンソ・キュアロン監督を抜擢したのだ。
キュアロン監督はオファーを受けるまで、原作小説も映画シリーズも観ていなかったというが、同様に監督候補にリストアップされていた、同じくメキシコ出身の友人であるギレルモ・デル・トロ監督の強烈な薦めもあって、監督を引き受けることになったという。
製作側の選択には、かなり戦略的なところが見える。キュアロン監督の前作は『天国の口、終りの楽園。』(2001年)。この作品は、少年たちが大人の入り口に差し掛かった姿を描く内容だった。文芸作品を手掛けてきた経験と、思春期にまつわるテーマの合致により、キュアロン監督に白羽の矢が立ったのは、いま思うと妥当だといえよう。この最終的な選択からは、製作陣がシリーズの内容を充実させ、良い作品に仕上げることに尽力していることが分かるのだ。
前作『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(2002年)から2年経ち、ハリーを演じているダニエル・ラドクリフ自身は14、5歳。身体的にも精神的にも子どもから大人に移る真っ盛りだ。同じように、あどけない子どもの可愛さが魅力だった、ロンやハーマイオニーを演じたルパート・グリントやエマ・ワトソンも、久しぶりに親戚の子どもに会うと驚かされるように、急激に大人の雰囲気を纏い始めている。この3作目から、『ハリー・ポッター』シリーズは、思春期を描く作品へと変貌を遂げていくのだ。そのため、演出もよりナチュラルでベーシックなものへと変化を見せる。
キュアロン監督は、本作を撮った後、急速に巨匠監督への道を駆け上がっていく。ハードなSFアクション『トゥモロー・ワールド』(2006年)、アカデミー賞監督賞、編集賞を受賞した『ゼロ・グラビティ』(2013年)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー賞監督賞、撮影賞を受賞した『ROMA/ローマ』(2018年)など、撮る度に評価が上がり、最も新作が期待される映画監督の一人となっている。
これらの監督作の特徴は、シーンにカットを極力入れず、“長回し”で場面を描く演出が多用されているという点である。本作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』では、前2作との差異があまりに出るような演出法を追求するのは難しい面もあり、そこまでの突出した特徴は見られないが、それでも無駄なカットを削ぎ落とすため、カメラを動かすことで連続性を保とうとする箇所がいくつも見られる。
カットが入り連続性を絶たれると、映画のリアリティが減退する場合がある。本作は、例えば会話シーンにおいて、言葉のやりとりを通してハリーが何を思ったか、カットを入れないことで緊張感を醸成しているところがある。これは、いまのキュアロン監督の活躍や作風を知っているからこそ理解できるようになってきた部分だ。