SF&ホラーの古典を批判的に愛すること 『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の新しさを宇野維正が読み解く
と思いきや、エピソードが進んでいくにつれて、視聴者は「一体何が起こっているんだ?」と唖然とするしかない超展開の連続に翻弄されることだろう。先ほど原作について「批判的なスタンスからまったく新しい解釈を試みた」と記したが、本テレビシリーズもそのスタンスは全編を通して一貫しているものの、本作をドライブさせているのは、かつてのSFやホラーのパルプ小説への飽くなき愛と言っていい。
重要なのは、本作のショーランナー、及び全エピソードの脚本(一部共同脚本)、エピソード8では監督まで手がけているのが、まだ30代半ばの黒人女性のプロデューサー、ミシャ・グリーンであること。グリーンの出世作となったのは、南部の黒人奴隷のいわゆる「地下鉄道」による脱出(今年日本公開された『ハリエット』でも取り上げられた題材)を描いたテレビシリーズ『Underground』(WGN)だったが、そのテーマは通じているものの、本作では格段とそのエンターテインメント性が増している。また、かつてのSFやホラーのパルプ小説では女性のキャラクターは主人公の引き立て役的な役回りが多かったが、本作では複数の女性キャラクター、それも黒人女性のキャラクターたちが主役的に大活躍することにも注目。さらに、ジェイミー・チャン演じるアジア人女性ジアも中盤から重要な役割を担い、いきなり朝鮮戦争中の韓国へと舞台が移るエピソード6では、主役的な役割を担うことになる。
SFやホラーの古典において長らく蔑ろにされてきた黒人と女性。本作『ラヴクラフトカントリー』は、その失地回復的な役割を果たした作品として、同じくHBOのテレビシリーズにして、数えきれないほどの賞を受賞した傑作『ウォッチメン』と比べることも可能だろう。『ウォッチメン』も相当情報量が多く、大胆な作品だったが、『ラヴクラフトカントリー』はまったく引けを取らないどころか、「情報量の多さ」と「大胆さ」においては『ウォッチメン』を凌駕していると言ってもいい怪作だ。ここは「全人類必見!」と叫びたいところだが、ラヴクラフトの小説世界の過剰解釈とも思えるようなめちゃくちゃグロいシーンが随所にある(でも、そこがいい)ことだけ、最後に付け加えておく。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter
■配信・放送情報
HBOドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(全10話)
【配信】字幕版
スターチャンネルEXにて配信中
※10月24日(土)~11月22日(日) 第1話無料配信
【放送】字幕版
STAR1にて、11月26日(木)23:00~ほか放送
※11月22日(日)第1話先行無料放送
【放送】吹替版
STAR3にて、11月30日(月)22:00~ほか放送
※11月30日(月)第1話無料放送
製作総指揮:ジョーダン・ピール、J・J・エイブラムス、ミシャ・グリーンほか
監督:ヤン・ドマンジュ ほか
出演:ジョナサン・メジャース、ジャーニー・スモレット、コートニー・B・ヴァンスほか
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