菊地成孔が語る、ホン・サンス監督のオリジナリティ 「“マイルド”ではあっても“ライト”ではない」

 選択肢が少ないながらもエリック・ロメールやツァイ・ミンリャンなど、その独自のセレクトでジワジワと注目を集めつつある配信系ミニシアター、ザ・シネマメンバーズが、かねてよりユーザーから期待を寄せられていたホン・サンス監督作品を9月から順次配信中だ。ザ・シネマメンバーズでは、毎月、新しい作品が追加されていくにつれ、作品の配信期間が月を追うごとにズレながら重なりあい、時間をかけてグラデーションとなった作品群をまとめて楽しむことができる。

ザ・シネマメンバーズ

 9月、10月の特集名は『韓国のエリック・ロメール!? 監督ホン・サンス』。「キム・ミニ以前/キム・ミニ以後」ともいうべきホン・サンス監督の8作品を配信する。「キム・ミニ以前」とも言われる4作、『よく知りもしないくせに』『ハハハ』『教授とわたし、そして映画』『次の朝は他人』が現在配信中、10月からは、不倫が報じられ、公私にわたるパートナーとなっている女優キム・ミニとの関係自体を描いているかのような「キム・ミニ以後」の4作、『正しい日 間違えた日』『夜の浜辺でひとり』『クレアのカメラ』『それから』が配信される。
ホン・サンス配信作品一覧

 男女の恋愛模様を、会話を中心とした演出で少人数のロケによって描く作風で、エリック・ロメールを引き合いに出して語られることも多い、ホン・サンス監督。ザ・シネマメンバーズでは、特集名にあえて、「韓国のエリック・ロメール!?」と、「!?」を付けて配信する。本当にロメールのようなのかどうかを配信作を観ることで、観客それぞれに判断を託すというメッセージが込められている。なお、ザ・シネマメンバーズでは、ロメール作品9作品も配信中だ。
エリック・ロメール配信作品一覧

 今回、リアルサウンド映画部では、初期からホン・サンス監督を観続けてきた菊地成孔に、ホン・サンス監督の魅力、そしてロメールとの比較が本当に正しいのか、たっぷり語ってもらった。

「映画史に類を見ない監督」 

――菊地さんはかなり早い段階からホン・サンス監督に注目し、これまでもさまざまな場所やメディアで監督の映画について語ってきました。改めてホン・サンスとは、どんな監督なのでしょう?

菊地成孔(以下、菊地):ホン・サンスは、韓国の映画史上……否、韓国と言わず世界の映画史上でも、かなり珍しいケースだと思うんですけど、かつてのヌーベルバーグをそのまま臆面もなくやっている監督なんですよね。文学の用語で“パスティーシュ(文体模倣)”というのがありますけど、そういうものでもないし、パロディとして笑わせたり換骨奪胎するのではなく、もうそのまま臆面もなくやるっていうことを堂々と始めた人。しかも、それが一作とかじゃなくて、基本的な作風として定着しているという意味で、映画史に類を見ない監督だと思うんです。

――いわゆる“オマージュ”みたいな領域を超えているというか。

菊地:“オマージュ”というのは、タランティーノのようなものですよね。70年代のブラックスプロイテーション映画だったり日本のB級アクション映画だったり、そういうものにオマージュを捧げるんだっていう。ホン・サンスが画期的だったのは、ヌーベルバーグの初期的なやり方ーースタジオを使わないで全部自然光で撮る、予算を掛けないから俳優にギャラを払わないーーとか、そういう手作り感覚で他愛もない話を撮るという手法を、ある日突然始めたんですよね。しかも、それをたったひとりで始めてしまった孤高の監督。でもまあ、やっていることはもう一貫して、男女の他愛ない恋の話を撮るっていう(笑)。

――(笑)。ヌーベルバーグ的である、しかも男女の話ばかりを撮り続けているという意味で、「韓国のエリック・ロメール」という言われ方をされることも多いようですが。

菊地:ロメールの側面は、すごくありますよね。今回ラインナップされている『よく知りもしないくせに』(2009年)からの4本は、やっぱりロメールっぽいですよね。ロメールというのは、人間は恋をする生き物であって、男女をひとつの環境に入れておけば、必ず恋をしたり別れたりするから、定点観測でカメラを回していれば、それだけで映画になる……つまり、昆虫学者のような目線で、人間を撮ったというふうに言われている監督ですが、その目線は、確かにホン・サンスにもある。あと、ロメールの映画には、もうひとつ特徴があって。ロメールの映画は、時代との関連性が、ほぼないんですよね。要するに、社会性がほとんどない(笑)。ロメールが映画を撮り始めた時代というのは、フランスという国自体が大きく揺れ動いた時代だったと思うけど、それをロメールはまったく気にしないわけです。とにかく、いついかなる時代でも、ある空間の中に幾人かの男女をぶっこんでおけば、必ずそれはくっついたり離れたりするんだっていう(笑)。そういうことを、60年代からずっとやってきた人で、そういう側面は、ホン・サンスにもすごく強くありますよね。

――確かに、ホン・サンスの映画も、時代性や社会性みたいなものが、まったく入ってこないですよね。

菊地:すごく似ていますよね。というか、韓国っていうのは、ご存じの通り、もう激動の国なわけじゃないですか。ものすごい勢いで社会情勢が動いていて、そういう時代性や社会性が、韓国映画のひとつの基軸みたいなものになっているところがある。社会派作品からエンタメ作品まで、時代性や社会性はもちろん、南北統一や国家といった要素が、どんな作品であれ必ず入ってくるんだけど、ホン・サンスの場合、それがまったくない。あと、韓国って、ひとつの階級社会ですよね。要するに、ものすごい格差があるわけです。余談ですが、それを図式的に描いたのが、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』(2019年)です。だけど、ホン・サンスの映画には、そういうものもいっさい出てこない。ホン・サンスの映画をずっと観ていても、韓国がどんな国なのか、まったくわからないじゃないですか。けれどもまあ、とにかく恋をしているんだと(笑)。だから、そういう意味でも、「韓国のロメール」と言われるのも、あながち間違いとは言えないわけですよね。

――そういう共通点もあるわけですね。

菊地:ただ僕は、ホン・サンスというのは、ロメールとゴダールとブニュエルの三種盛りだと思っていて。最初から三種盛りだったわけではなく、だんだんブニュエルが出てきたり、ゴダールが出てきたりするんですよね。ホン・サンスは、今言ったようなロメール的な側面とは別に、すごい変わったことをやる監督でもあって。たとえば、『正しい日 間違えた日』(2015年)というのは、まったく同じであるかのような話が、2回繰り返される映画じゃないですか。今回のラインナップには入ってないですが、『3人のアンヌ』(2012年)に至っては、全く同じ話(カメラ位置、役者、配役、脚本以外全て)を3回繰り返すという(笑)。だから、ある意味、とんでもなく前衛的な監督なんだけど、何せ扱っている題材がいつも男女の他愛ない恋愛の話なので、何となくロメールのように見えてしまう。そうやって、結構しれっと、とんでもないしつらえをやるところが、僕はブニュエル的だと思うんです。<ただ、ブルジョワの集団が、飯が食いたくて移動するんだけど、結局食えないまま移動し続ける>だけの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(1972年)や、<ヒロインを何の説明も、物語上の根拠もなく、いたずらに2人の女優が演じる>だけの『欲望のあいまいな対象』(1977年)といった、最晩年のブニュエルのような前衛性が、ホン・サンスの映画にはある。

――基本的には、男女の他愛ない恋愛の話ばかりなので、その前衛性が前に出てこないというか……。

菊地:だから、ホン・サンスの映画が日本で公開されるときは、とにかく配給の人が困るみたいなんですよ。要するに、普通のメロドラマ、韓国のラブコメとして売りたいんだけど、映画の内容を踏まえると、やっぱりそれと同じようには宣伝できない。

――しかも、美男美女ばかりが登場する映画っていうわけでもないですしね……。

菊地:そう、ほとんどの作品の主人公は、冴えない映画監督じゃないですか。だから、美男美女……韓国語で“オルチャン”って言いますけど、そういうものを求めている人がホン・サンスの映画を観ると、ちょっと戸惑うところがあるという(笑)。実はみんな、ドラマや映画に出ている名優なんですけどね。脇役の名優みたいな人が、恋の主人公になっている。これが韓国の一般であって、娯楽映画に出てくる人は、自分たちとは別世界のスターみたいな人たちなのではない、というフランス由来の自然主義が感じられる。そこは、ロメールと違うところですよね。ロメールは自然主義的でありながら結局美男美女を使うから。だからロメールの売りポイントとしての、パリ市街や海水浴場や部屋の中がステキとか、衣装や小物が可愛いとか、そういうものが、ホン・サンスの映画には、いっさいないんですよね(笑)。首都・ソウルではない、郊外の何の変哲もない街が舞台になっていたりして、フランスの海辺だったり教会のような美しい建物だったり、日本人があこがれるような場所が、まったく出てこない(笑)。だから、配給の人が、宣伝しにくいんだと思うけど。

――「韓国のエリック・ロメール」とは言ってみたものの……。

菊地:やっぱり、ロメールは若い人が好きじゃないですか。若い子に海辺でちょっと水着になってもらって、そのふくらはぎやふとももを撮りたいみたいなフェティシズムがあるけど、そういうものがホン・サンスは、まったくないんですよね。美男美女、美しい街並みを撮るっていう、映画という娯楽が根本的に持っているサービスも、ホン・サンスの映画にはない。だけど、めちゃめちゃ面白いっていう(笑)。

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