歴史の醜い真実を描くサスペンス 『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』に詰まった“信念”を読み解く

 全体主義がもたらす恐怖社会を風刺的に描いた小説『1984』(1949年発表)は、世界中の強権的な政治体制や、現代の日本の状況にも通じるところが多いと、あらためて見直されている作品だ。その作者のもう一つの代表作といえば、腐敗政治によって弱い者たちが犠牲になる社会を投影し、イギリスで長編アニメ化もされた『動物農場』(1945年)が挙げられる。そのモデルとなったのが、当時のソビエト連邦の政治体制だった。

 映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』は、実在のジャーナリストが暴いたソ連の暗部を振り返り、いまふたたび、歴史的事実にスポットライトを当てていく作品だ。その真相には、『動物農場』で描かれた以上の悪夢的な悲劇が存在していた。そして、この事件こそが『動物農場』執筆の契機になったということが、劇中でも示される。

 ここでは、そんな歴史の醜い真実を描こうとする強い信念が詰まった本作の内容を、じっくりと紐解いていきたい。

 本作の舞台は、1933年のソ連。物語は、イギリス首相の元外交顧問だったという華麗な経歴を持つ若きジャーナリスト、ガレス・ジョーンズが、取材のためソ連に入国することで動き出す。彼は、ソ連に対してある疑問を持っていた。それは世界恐慌の波が押し寄せ、多くの国が不景気にあえでいるときに、なぜソ連は安定した経済を誇っているのかということだ。この事実は共産主義の成功を示しているのか? それとも、何か別の理由があるのか……。

 各国の記者たちが滞在するモスクワに到着したジョーンズは、自分が外国人記者として警戒され、常に監視の目があることに気づき始める。そして政府が、あくまで国家の良い面しか見せず、指導者スターリンの政治体制を宣伝することしか興味がないことにも。その雰囲気は、いまの北朝鮮の政治体制を取材しに首都ピョンヤンを訪れた人々が証言するような状態に近いように感じられる。

 ジョーンズがモスクワでまず出会うのは、イギリス出身でピューリッツァー賞を獲得している、ニューヨーク・タイムズの大物記者、ウォルター・デュランティである。彼はジョーンズの想像していたイメージとは異なり、現地で酒池肉林のパーティーを開き、羽目を外している、意外なほど享楽的な人物だった。

 次に出会うのは、同じくニューヨーク・タイムズに所属する、モスクワ支局の女性記者エイダ・ブルックス。彼女は、ナチス政権が台頭するドイツから脱出し、ソ連の政治体制に一定の期待を寄せていた。

 主人公を含めた、この3人のジャーナリストが、本作では最も重要な登場人物となる。ガレスを演じるのは、最近では『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』にも出演していた、ジェームズ・ノートン。ここではまだ年若いエリートとして、愚直な真面目さを演技で表現している。彼の純粋さや世慣れなさというのは、疑惑を追う上でむしろプラスに作用する部分がある。「君は面白くないな」と言われてしまうこともあるが、こういう人物が活躍するというのが、本作の特徴でもあり、リアリティでもあるのだ。

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