復活上映をより楽しむための背景解説! いま観ても変わらない『ホット・ファズ』の魅力

 とはいえ、『ショーン・オブ・ザ・デッド』を楽しんだ観客にとっては、納得いかないところがあるかもしれない。なぜなら、本作のここまでの展開には怒涛のアクションや悪ノリした過激描写が、それほど見られないのだ。しかし、安心してほしい。この田舎町に隠された、とんでもない秘密が明らかになってから、物語は予想を超えた展開へと突き進むことになる。その飛躍した悪ノリこそが、エドガー・ライト監督の真骨頂といえるのだ。

 ライト監督は18歳の頃、高校の友人たちと一緒にホームビデオで『デッド・ライト』という刑事コメディーを撮っている。この作品もまた、ある事件を捜査するという内容から、突然過激なアクションが始まっていくように、構成が本作とそっくりなのだ。『デッド・ライト』は、ティーンならではの無邪気な内容といえばそれまでなのだが、よく考えてみると、その後プロとして映画を作り続けているエドガー・ライトは、映画づくりの技術を高めながらも、結局やってることの本質は十代のときから変わってない。そして、その子どもっぽさやイタズラ心こそが、彼が観客から愛される部分なのである。

 そして、『ショーン・オブ・ザ・デッド』同様に、本作もジャンル映画への愛情を示すことを忘れてはいない。ニック・フロスト演じる相棒は、自宅に膨大なDVDコレクションを持っている、ジャンル映画好きという設定。キアヌ・リーヴス主演の潜入捜査アクション『ハート・ブルー』(1991年)と、ウィル・スミスとマーティン・ローレンス主演の刑事バディアクション『バッドボーイズ2バッド』(2003年)がお気に入りだ。本作はいろいろなハリウッド製刑事映画の小ネタが散りばめられているが、この2作を押さえておけば、パロディ描写は十分楽しめるようになっているので、可能であれば事前に鑑賞してみてほしい。より本作が楽しくなるはずである。

 なかでも、『バッドボーイズ2バッド』でウィル・スミスが演じていた、二挺拳銃を構えたままで横っ飛びするという、ジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(1997年)ばりのスローモーションを再現するシーンでは、かっこよさとギャグが混在した、エドガー・ライト独自のテイストが楽しめる。ストーリー自体には何の関係もない描写だが、ただ“やってみたかった”という気持ちが強く伝わってくる場面だ。

 ほかに、元“007”ジェームズ・ボンド役のティモシー・ダルトンが、いかにも怪しい人物をダンディーに演じていたり、マーティン・フリーマンやビル・ナイなどの英国ベテラン俳優、さらにケイト・ブランシェットやピーター・ジャクソン監督がカメオ出演しているので、キャストの賑わいにも注目してみてほしい。

 本作含め、“スリー・フレーバー・コルネット”作品には、サイモン・ペッグやニック・フロストが楽しそうにパブでぐだぐだやっていたり、アイスを食べている姿、それを嬉々として撮っているエドガー・ライト監督に象徴されるように、他人が社会のなかで地位やキャリアを積み上げようと、自分たちが面白く生きていくことが大事だという雰囲気に満ちている。それは、真面目な組織人間だった主人公ニコラスが、本作のストーリーのなかでどういう選択をするのかにも表れているし、エドガー・ライト監督がキャリアを重ねながらも、厳しく管理される超大作で持ち味を殺すような映画づくりから逃れている姿勢にも表れているように感じられる。

 そして、彼らが映画のなかで戦う敵は、いつでも、個性を奪い全てを均質的にしようとする社会に似た力なのではなかっただろうか。彼らは、一見すると世の中の役に立たない、いてもいなくてもいい人間かもしれない。だが、ひとたび社会が極端な方向に振り切れ、一つの危うい方向に進もうとするとき、または社会の歯車として使い捨てしようとするシステムがわれわれを覆うとき、そして世の中にとって必要ではないという、無言の圧力が加わるとき、その力に抗うことができるのは、彼らが手にしている“不真面目さ”であり、周囲の価値観に影響されない個人主義的な考え方なのではないだろうか。だからこそ彼らは、善良さを忘れない限り、ある条件下においてヒーローとして戦う資格があるといえるのではないか。

 年を重ねていっても、楽しいことを追い求めながら、ぐだぐだと生きていてもいい。われわれが現実社会のなかで苦しんでいる瞬間も、彼らはパブでビールを飲んでいたり、田舎町で逃げた白鳥を追いかけまわしているかもしれない。そして、われわれも彼らのような幸せを手に入れられるかもしれない。それは一つの希望であり、救いなのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』
7月10日(金)TOHOシネマズ 日比谷、TOHOシネマズ 新宿ほかにて復活上映
監督:エドガー・ライト
出演:サイモン・ペッグ、ニック・フロスト、ジム・ブロードベント
配給:カルチャヴィル
英題:Hot Fuzz/2007年/イギリス/カラー/シネスコ/120分/R15+/上映素材:DCP
(c)Park Circus/Universal
公式サイト:https://www.culture-ville.jp/hotfuzz

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