筒井真理子の恐ろしいほどの変容 深田晃司監督との信頼関係によって生まれた『よこがお』の凄み

『よこがお』筒井真理子、俳優としての凄み

 筒井が演劇界でキャリアをスタートさせた存在だということは知られているだろうか。当時、鴻上尚史が率いていた「第三舞台」の俳優としてだ。以降、彼女は人生の半分以上の歳月を俳優人生に捧げ、舞台のみならず、映画、ドラマでとキャリアを重ねてきた。この事実が、現在の彼女の俳優としての“凄み”の理由となっているは当然だ。やはり多くの場数を踏むことによる経験値に勝るものはない。しかしやはりその根底にあるのは、舞台俳優としての出自が大きいのではないだろうか。演劇では、観客の前に生身の俳優が、自身のすべてをさらけ出すことになる。そこでは大小高低といった声の扱いはもちろんのこと、表情筋の使い方、あらゆる関節……私たちが生きていくために必要な身体すべてのすみずみににまで意識を向け、行き渡らせなくてはならない。それは、どれだけ大仰な動作でも、些細な視線の揺れや仕草であっても同じことである。

 筒井は、目の見開き方の具合いや微かな頬の痙攣、声の震えまでコントロールしているように思う。これが、本作における彼女の“不安定な顔”の印象を与えるのだ。恐ろしい。これは不安定さが恐ろしいだけではなく、すべてをコントロールしているのだから恐ろしいのだ。むろん、カメラのアングルや照明効果といったもので、彼女の変容ぶりを“恐怖演出”で作り出すことはできる。だがそれはあくまで画全体のことであって、筒井が演じる市子の顔を注視してみれば、彼女自身がどれだけの所業に挑んでいるか分かるだろう。タイトルにある「よこがお」だけでは、その人間の本性を見抜くことはできない。こちら側から見える「よこがお」に笑みが浮かんでいようとも、その反対側にある「よこがお」は引き攣りを起こしているかもしれないのだ。そんな印象を観る者に与えるのが筒井真理子という俳優なのである。

 すでに膨大な数の出演作があったにもかかわらず、近年、筒井が大きな存在感を示してきたことは、やはり『淵に立つ』の成功が大きいのだろう。これまではバイプレイヤーといった印象が強かったのだ。彼女を力強く押し出すことができたのは、作り手と俳優の幸福な関係である。普通の人間に理解しがたい行為を映像に焼き付けることや、舞台上に乗せることを「役者魂」などと安易に呼んだりするが、かといって“なんでもあり”というわけではない。俳優はその作品世界に則したものを打ち出していかなければならない。これらを実現するために必要なのは、やはり監督と俳優の相互理解と信頼関係なのだろう。これは、深田監督が平田オリザ率いる劇団「青年団」の演出部に所属し、俳優との密なコミュニケーションが要される演劇の素地を持っているというのも、一つあるのかもしれない。それに彼は、俳優、スタッフの、映画制作環境における問題提起をつねに試みている人間であるし、こういった姿勢が、俳優の演技というかたちで映画に表れているのだろう。筒井は『よこがお』にて、犬の動きを真似てみたり、裸体までも晒すが、これらもまた信頼関係のなせるわざなのではないだろうか。彼女の変容ぶりに驚き、慄く者がいるかもしれないが、それは単純な「役者魂」などの言葉では語れないのだ。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■リリース情報
『よこがお』
Blu-ray&DVD発売中
Blu-ray特別版:5,800円+税(本編BD+特典DVD)
DVD:3,800円+税(本編DVD)

●Blu-ray特別版 初回限定 外装・封入特典
・インターナショナル版アウタースリーブ付
・よこがおポストカードセット(3種)封入

●Blu-ray特別版 特典映像
・メイキング&インタビュー集
・イベント映像集(完成披露試写会/初日舞台挨拶)
・深田監督責任編集 ロカルノ映画祭記
・未公開シーン集
※内容・仕様等は予告なく変更になる場合がございます。

出演:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、須藤蓮、小川未祐、吹越満
脚本・監督:深田晃司
配給:KADOKAWA
発売・販売元:ポニーキャニオン
2019/111分/カラー/日本=フランス/5.1ch/ヨーロピアンビスタ
(c)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS
公式サイト:yokogao-movie.jp

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