映画『ダウントン・アビー』を完全ビギナーが観てみたら? 意外にも強い現代性と間口の広さ
実際、本作では「主人たち」の生活と同じくらいの力点を置かれて、「使用人たち」の間で交わされる奔放な会話や、「主人たち」に対する「反乱」が描かれている。『ダウントン・アビー』は英国貴族の物語であるだけではなく、民衆の物語でもあるのだ。また、女性の権利やゲイへの偏見といった、マイノリティーに関する現代的イシューについても、時代背景から浮き上がりすぎることのない範囲で誠実に描かれていることに感心させられた。
王室の面々がダウントンに訪れている最中、クローリー家の亡き三女シビルの夫トム・ブランソンはこのように漏らす。「僕は王室を支持しない。それでもクローリー家は家族だ。彼らの政治信条は愚かだと思うが、それよりも愛情が勝る」。貴族と使用人の立場の違いだけではなく、貴族の中にもあるこのような複雑で批判的な視点も包括しているのは、『ダウントン・アビー』を食わず嫌いしていた自分にとって新鮮な驚きだった。政治的な信条の違いを超えて、家族の継承や(本作の場合は領主として)地域に根ざすことを優先させるというのは、現代社会の多くの問題を解きほぐす手段として、近年になっていろんな場所で改めて見直されている「生き方」でもある。
と、わかったようなことを書いてきましたが、結論としては、『ダウントン・アビー』初心者は本作に臨む前に、せめて本作のオフィシャルページにもリンクされている「映画『ダウントン・アビー』約10分でおさらいできる特別映像」を見ておくことをオススメします。映画『ダウントン・アビー』の基本はあくまでも、これまでシリーズを見てきた人へのご褒美。ただ、本作を入り口にして、『ダウントン・アビー』の世界に本格的に浸るという人もきっとたくさん生まれるはず。それだけのクオリティと間口の広さは保証します。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)、2020年1月30日発売。Twitter
■公開情報
『ダウントン・アビー』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
監督:マイケル・エングラー
脚本:ジュリアン・フェローズ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジム・カーター、ミシェル・ドッカリ―、エリザベス・マクガヴァン、マギー・スミス、イメルダ・スタウントン、ペネロープ・ウィルトン
配給:東宝東和
スコープサイズ/ドルビーデジタル/2019 年/イギリス・アメリカ映画/原題:Downton Abbey/字幕翻訳:牧野琴子
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