『いだてん』取材担当・渡辺直樹インタビュー
前人未到の大河ドラマ『いだてん』はいかにして作られたのか 取材担当者が明かす、完成までの過程
史実と脚本が重なることも
――過去に遡るほど、人間関係はわからないことが多そうですね。
渡辺:このドラマの登場人物は著名な人間ではないので、伝記のような第三者が書いた資料は少ないのです。ただその代わりというか本人たちが書いた日記がかなり残されていました。劇中でも金栗さんが日記を書いていましたが、あれも実物があります。熊本の古文書研究会の方にお願いして読んでもらい、ほぼ全部書き起こしました。20年分ぐらいの膨大な日記でしたけど。
――エピソードで言うとどの辺りですか。
渡辺:金栗さんが東京高師(東京高等師範学校)に入学するところからです。美川秀信(勝地涼)さんと上京したというのは事実で、それも日記に書かれていたことです。他にも「美川が家にあがりこんできた」とか「美川が毎晩うるさい」といったことも日記に書かれていたことで。だから、勝地さんが演じてくれた愉快な美川くんも、あながちフィクションではないんです(笑)。実際の会話が残っていないにしても、ご自身の言葉で書かれているので、きっと金栗さんは美川さんに対してはこういう態度だよな、嘉納治五郎(役所広司)さんのことはこれほど敬愛しているからこんな風に振る舞うだろうなと想像できて。それを宮藤さんが読んで脚本にしていく。だから、劇中の会話も実際にありえたかもしれない会話だと思っています。
――他の登場人物にも日記が?
渡辺:田畑さんは日記を書かない人でしたが、金栗さんの他にも、三島さん、嘉納さん、都知事の東龍太郎(松重豊)さん、前畑秀子(上白石萌歌)さんなど、日記を残されている方は多かったです。できる限り読むようにしました。日記は一番本人の性格の温度があるので会話を起こす際のヒントになるものだったと思います。また登場人物ではない方の日記も資料として有効なことも。たまたま見つかった関係者の日記に書かれている金栗さんの姿から雰囲気を掴んだこともありました。個人の日記を解読するというのは本当に気の遠くなるような作業でしたが……。あと日記のほかに参考になったのが「文集」と「論文」です。スポーツ関係者は亡くなった時や、学校をやめるタイミングで教え子たちが記念文集を作ることが多いんです。金栗さんをはじめ、劇中の人物には教師も多いので、論文も多く遺されていました。いずれにせよどれも大河ドラマの資料としてはとても特殊な気がします。
――本当に断片的な情報を集めていったんですね。
渡辺:誰も知らない、誰も読んでないものの中から掘り起こしていく作業ですね。日本女子体育大学の創設者である二階堂トクヨ(寺島しのぶ)さんのキャラクター像も、彼女が生徒たちに配布していた冊子がとても参考になりました。
――無理があるように見えた物語が、史実と照らしあわせてみた結果、成立したということはありましたか?
渡辺:それが面白くて。「史実ではどうだったのか?」と調べてみると宮藤さんが構想していたことと、ほとんど同じことが書かれている資料が見つかることが、何度もありました。例えば、最初は金栗さんと田畑政治(阿部サダヲ)さんには接点がないと思っていました。活躍した時代も違うのでこの2人は出会いようがないけれど、スポーツ界においてはお互い有名人だから、知り合いのはずだと判断して進めていたんです。ところが、取材の過程で2人が一緒に映っている記念写真が発見されました。これは随分書き進めてから見つかったものだったので衝撃でした。
また田畑政治と古今亭志ん生も、当然関り合いはないと思っていたんです。ところが、浜松のローカルのタウン誌をさらっていたら、40年ほど前に載っていた志ん生のインタビューがあり、そこに「浜松では造り酒屋の田畑さんの家にお世話になった」という文章を発見してしまった。
年代から考えても、確実にその時に田畑政治は家にいただろうし、2人は実際に知り合いだったんだ…、という驚愕の事実でした。
――それだけたくさんの情報を集めると、関係者への連絡も大変だったかと思います
清水:実名で登場する方のご家族とお会いしていくのですが、まず、遺族の方を探し当てるのが大変でしたね。
渡辺:『ファミリーヒストリー』(NHK総合)の世界ですね。どうやって遺族をたどっていくか、番組スタッフの方にノウハウを教えてもらいました。でも、ようやく遺族の方々にたどり着いても、ご記憶が定かでないということなども多々ありまして……。「実はこの本に書かれていたのですが、こういうことをされたことがありまして」と、こちらから説明させていただくこともありました。
――天狗倶楽部も実在していたと知ったときはびっくりしました。
渡辺:天狗倶楽部については、むしろ劇中ではちょっと抑えたぐらいで。彼らの逸話はもっと使えると思ってかなり調べたのですが、ドラマ化できないものばかりでした(笑)。