8月9日=シャロン・テート殺人事件から50年 タランティーノ最新作のカギとなる衝撃の事件を解説
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の劇中でもさりげなく描かれているように、シャロン・テート殺人事件の悲劇性がさらに深まるのは、彼女が殺された理由が、ロマン・ポランスキーが引っ越してくる前の住人であった音楽プロデューサーのテリー・メルチャーへの「逆恨み」にあったということだ。
ファミリーの構成員に司令を出した当のチャールズ・マンソンは、そのテリー・メルチャーが事件の邸宅から引っ越していたことは分かっていたものの、彼女を殺害することでテリーへの、そしてハリウッドへの復讐を行ったのだ。
「無差別殺人事件」などと記されることもあるマンソン・ファミリーによる連続殺人だが、そもそもが音楽プロデューサーへの「逆恨み」であった上にそこに「筋違い」まで加わった、あらゆる意味で杜撰な事件であったのだ(翌日の事件現場となったラビアンカ夫妻宅も、マンソンとそのファミリーが前年にパーティーに訪れた家の隣家であり、決して「無差別」なものではなかった)。
1969年8月に起こったマンソンのファミリーによる連続殺人事件が、現在まで語り継がれる「ポップカルチャー史におけるターニングポイント」となったのには、複合的な理由がある。まずは、彼らがベトナム戦争への反戦運動を背景とする60年代カウンター・カルチャーにおけるラブ&ピース(そしてその境地に至る手段としてのフリーセックスとドラッグ)を最も体現しているとされてきた、ヒッピーのコミューンから出てきた存在であったこと。チャールズ・マンソン自身がプロのミュージシャンになることを志望していて、ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンをはじめとする有名ミュージシャンとも交流があったこと。言うまでもなく、殺人現場に残された“Healter Skelter”のメッセージは、前年に発表されたビートルズの楽曲「ヘルター・スケルター」からの引用だ。マンソンは同曲から多大なインスピレーションを受けたことを告白していて、また、マンソンの存在や一連の言動は後年の多くのアーティストにとっても(多くの場合「悪」や「負」の象徴として)インスピレーションにもなり続けてきた。
シャロン・テート殺人事件が起こった翌週にはあの歴史的なイベント、ウッドストック・フェスティバルが開催されて、60年代カウンター・カルチャーのピークが刻まれることになる。しかし、それは同時に一つの時代の終わりでもあった。時間が経つにつれてそのあまりにも凄惨かつ行き当たりばったりの全貌が明らかになっていったシャロン・テート殺人事件は、結果的に、ヒッピー的な楽観主義に覆われてきた時代の終息を加速させることとなった。
このように、直接的なバックグラウンドとしては映画業界よりも音楽業界に近かったマンソンだが、マンソン、そしてのちにカルト集団であることが明らかになる彼のファミリーの怨嗟を培ってきたのは、彼らのすぐ隣で享楽的な生活を送っている、まだ映画スターが映画スターとして光り輝いていた時代のハリウッド・ピープルでもあった。そういう意味では、(本作でマーゴット・ロビーが完璧に演じてみせている)自分の出演している映画がかかっている劇場で思わず名乗り出てしまうシャロン・テートが体現しているようなハリウッド的イノセンスが、マンソンとそのファミリーによって永遠に葬られてしまったことに深いため息をつかずにはいられない。そして、本作に込めたタランティーノの祈りにも近いその「想い」に、どうしようもないほど強く心を動かされてしてしまうのだ。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter
■公開情報
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
8月30日(金)全国公開
監督:クエンティン・タランティーノ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ルーク・ペリー、アル・パチーノ、ブルース・ダーン、ダコタ・ファニング、ジェームズ・マースデン、ティム・ロス、マイケル・マドセン、カート・ラッセル、エミール・ハーシュ、ティモシー・オリファント、ダミアン・ルイス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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