染谷将太、“天才役”で右に出る者なし! 『なつぞら』が描く才能の残酷さ

『なつぞら』で描く才能の残酷さ

 そんな中、染谷が演じる神地は実に生々しく、絵で描かれた漫画映画の中に突然、実写映像の男が登場したかのようなショックがあった。演技の情報量といい、生々しさといい、染谷の演技は解像度が一人だけ圧倒的に高い。

 それがアニメ界に宮崎駿が登場したことの衝撃と重なって見え、『なつぞら』というドラマのリアリティの水準を、たった一人で一気に書き換えてしまったかのように感じた。つまり染谷の演技の迫力がそのまま、神地のアニメーターとしての説得力につながっているのだ。

 元々、染谷は天才を演じさせると右に出るものがいない俳優だ。

 映画『バクマン。』で演じた天才漫画家・新妻エイジはその筆頭で、天才故に自由奔放でこどもっぽい傲慢さがにじみ出ていた。新妻に較べると神地は新人ということもあってまだ謙虚だが、それでも「僕もやっとこの企画に乗れるような気がしてきました」と言ってしまう尊大さはにじみ出ている。物語やキャラクターのアイデアは「使えるようなら使ってください」というスタンスだが、アイデアは突出しているため、次々と採用されていく。

 その結果、作品はどんどん変質していき、その変質した部分に坂場が思想的な意味付けを加えていく。やがて、みんなで作っていたはずの短編アニメは、坂場と神地の作品へと変わってしまう。

 もちろんなつのアイデアも多数入っていため、厳密には坂場となつと神地の作品なのだが、彼女が劇中で提示したいくつかのアイデアは、宮崎駿が高畑勲監督の『太陽の王子 ホルスの大冒険』で提示したものだとアニメファンにはわかってしまうので、結局、高畑×宮崎の作品に見えてしまう。

 このことを一番敏感に察しているのがマコさんこと大沢麻子(貫地谷しほり)だ。だから彼女は終始、苛立っている。脚本を作らず、みんなで考えながら進めるという坂場のやり方は一見平等な共同作業に見えるが、内実は実力主義そのもので、最終的に誰が主導権を握るのかという争いになってしまう。また、アニメーターに理論的にダメ出しをする坂場のやり方は作品の完成度は上げるのだが、現場はどんどん疲弊し脱落者を生んでいく。

 天才は美しい作品を生み出すが、それと引き換えにあらゆるものを破壊していく。神地航也という名前は人々を楽園(神の土地)に誘うという意味だろうが、同時に荒野(航也)という意味もあるのだろう。才能とは実に残酷なものである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
連続テレビ小説『なつぞら』
4月1日(月)〜全156回
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、岡田将生、中川大志、染谷将太、川島明、小手伸也、渡辺麻友、山田裕貴、福地桃子、田村健太郎、須藤蓮、藤本沙紀、井浦新、貫地谷しほり、山口智子ほか
制作統括:磯智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中正、渡辺哲也ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

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