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染谷将太、“天才役”で右に出る者なし! 『なつぞら』が描く才能の残酷さ

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 まだ、「漫画映画」と呼ばれていた日本アニメーションの黎明期を描く連続テレビ小説『なつぞら』(NHK総合)。先々週放送された第87話では、ついに宮崎駿がモデルと思われる新人アニメーター・神地航也(染谷将太)が登場した。

 グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』を原作とした短編作品のイメージボードを見せながら内容を説明する中「面白い!」と声を荒げる神地。新人として配属された神地の第一声だが、腕を組んでニヤニヤとしながら喋る神地を見て、多くのアニメファンは「宮さん(宮崎駿)がここにいる」と思ったことだろう。同時に彼が登場した瞬間「ついに。はじまってしまったのだな」と思った。

 キャラクターとイメージボードを元に全員で会議をしながら脚本を作っていきたいという坂場一久(中川大志)は「漫画映画ではアニメーターが作家にもなり役者にもなる。そういうやり方がもっと試されていいはずなんです。どんなにありえない話でもホントのように見せる力はアニメーターにしか発揮できないんです」と言うのだが、この台詞は『なつぞら』という作品のネタばらしにも聞こえる。

 『なつぞら』では、“アニメとは何か”という話が繰り返し登場する。同時にコンスタンチン・スタニスラフスキーの『俳優修業』や、ヘンリック・イプセンの『人形の家』といった演劇の話も繰り返し登場する。

 演劇のラインは現在、なつの兄・咲太郎(岡田将生)が声の吹き替え専門の俳優=声優の事務所を起こすという方向で物語に絡んでいるが、坂場が言うようにアニメーターが役者だとすれば、そこで語られるアニメ論は、そのままドラマにおける演技論として『なつぞら』に出演する俳優たちにも反映されていると言えよう。

 そのせいか筆者には『なつぞら』の俳優たちがアニメのキャラのように見える。

 広瀬すずを筆頭とする出演俳優は美男美女が多く、つるんとした美しさがある。逆によっちゃん(富田望生)や土間レミ子(藤本沙紀)といったふっくらとしたキャラクターはコメディリリーフを担当し、記号的な役柄を振り分けられている。そのため、なつにしても坂場にしても、モデルとなった人物がいるとわかっていても、どこか記号的にみえる。

 もっともこれは、ここ数年のドラマや映画の役者を見ているときにも感じていたことだ。例えば1983~84年に放送された同じ朝ドラの『おしん』とくらべると、俳優の顔立ちがあまりにも違うので、この30年弱の間に日本人に何が起きたのだと思ってしまう。

      

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