『響け!ユーフォニアム』が守る古典的な映画らしさと、ドラマツルギーをあえて外す挑戦的姿勢

松江哲明の『響け!ユーフォニアム』評

 この展開はプロの脚本家が観たら、ドラマがないと指摘するかもしれません。でもこの映画は端からドラマツルギーをあえて無視して作っているところに新しさがあります。それは高校生活、さらには吹奏楽部という2度とないであろう時間全てを肯定するという意思です。本作では青春という時間のかけがえなさをドラマではなく空気感で描いているんです。

 作品の中にスマートフォンで撮った映像が出てきます。あえて縦型の映像で画質を落とし、音はモノラルでノイズも聞こえるという、アニメーションでありながら現実に近づけた演出がされています。そこでは登場人物たちが自己紹介をしているカットを入れているのですが、物語の流れとは違う時間軸の映像が挿入されることで、この映画に俯瞰をするかのような視点が加わっていました。まるで作品全体を思い出として振り返るかのような。そして、その何気ないスマホに残っていたであろう映像が、先にも書いた「かけがえのなさ」です。物語ではなく手法で作品のテーマを描写した、見事な場面だと思います。

 そしてラストの演奏シーンでは、広角の煽りの画を入れたり、俯瞰になって全体を映したりと、まるでカメラがそこにあるかのような演出で魅せてくれます。ここでのカット割りは今までと全く違うようなリズム感があり、スタッフの熱が伝わってきます。まるで矢口史靖監督の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』のように「役者さんが本当に頑張ってこれをやっているんだ」というような感動に近いかもしれません。アニメーションなのに(また古い言い方ですが)、彼らが成長する過程を見てきたかのような錯覚さえありました。

 このクライマックスで顕著なように、本作が意識しているものが実写映画であることは間違いないと思います。重要な場面、またはその直前に魚眼レンズを使ったり、レンズフレアが映ることを隠しません。それが非常に効果的でした。例えば雨の中、黄前久美子が久石奏を追いかけるシーンも、“雨”という記号があることで成立しており、ある種古典的な演出を貫いています。実写の場合、雨は基本、映らない(映し辛い)ものなので、それでも映すということは、それは必ず必要なことなので。そういった映画演出の基礎が本作では守られているのです。

 例えば、私も大好きな湯浅政明監督は、動き方や絵の形などにおいて唯一無二のスタイルを確立しています。湯浅監督の凄みは、作り手の狂気さえ感じられ、実写では不可能なアニメーションならではの快感があると思います。最近ではアカデミー賞を受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』も新しい映画が生まれる瞬間を目撃してるかのような劇場体験でした。その一方、京都アニメーションはそれらと違い、古典的な「映画らしさ」を探し、守っているように感じられます。朝ドラでもアニメーションが取り上げられ、期待の新作が数多く公開される2019年ですが、「映画らしい映画」がアニメーションで作られていることは、現代の映画を象徴しているようにも思うのです。

(構成=安田周平)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。

■公開情報
『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』
全国ロードショー中
出演;黒沢ともよ、朝井彩加、豊田萌絵、安済知佳、石谷春貴、藤村鼓乃美、山岡ゆり、津田健次郎、小堀幸、雨宮天、七瀬彩夏、久野美咲、土屋神葉、寿美菜子、櫻井孝宏
原作:武田綾乃『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』(宝島社文庫)
監督:石原立也
脚本:花田十輝
音楽:松田彬人
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:『響け!』製作委員会
配給:松竹
(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
公式サイト:http://anime-eupho.com/

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