『名探偵コナン』は平成の時代をどう描いた? 「真実はいつもひとつ」に込められた二重性

「令和のシャーロック・ホームズ」へ

――本の中では、「『名探偵コナン』は二重性を描いている」という言葉が強調されていました。

さやわか:『名探偵コナン』は同じ場所に複数のものがあるということだけを書いている。そのことに、僕は執筆途中で思いついて、「真実はいつもひとつ」という言葉に繋がってきました。コナンは「真実はひとつ」と言っていますが、作品としては二重性、多重性みたいなものが重視されている。これは逆に面白いなと思いました。

――その矛盾が魅力の根幹にありそうですね。

さやわか:そうなんですよ。そもそも「真実はひとつ」と言いながら、コナン自体は「見た目は子供、頭脳は大人」に分裂していて、ひとつの存在じゃない。そこが作品の面白さだと思いました。これだけ矛盾した歪な構造になっていながらも爆発的人気があるというのは絶対に意味がある。それで、本の全体を二重性とか多重性というテーマで形作るように書いています。たとえば男女の関係のところでは、評論家の橋本治さんの『その未来はどうなの?』(集英社新書)を引用しているのですが、橋本さんも「男性は女性に権利を与えた、と考えているが、男性は自分自身は変化しないで女性に対して譲歩しているだけ」ということを指摘しています。

 譲歩というのは、同じ場所に2つのものがいることを認めるのではなく、どっちかがその場から撤退するということで、それは平等には結びついていない。社会が変わっていっているにも関わらず、「ここには1個のものしか存在しない」と考えることこそ、世の中を機能不全にしているんだと思います。『コナン』はそれを描いていて、さらに言うと、全てのミステリーは実はそれを書いているんですよね。「こいつが気に入らないから譲歩させる」、すなわち排除というのが殺人事件なので、そうではなく存在を認めつつ生きていくというのが殺人事件の起こらない社会です。毎回、コナンが犯人に対して厳しく指弾するのはこれですよね。

――そうなると令和時代のコナンはどうなっていくのでしょう?

さやわか:令和時代にはさすがに完結すると思います(笑)。でも作品が時代性を伴いながら描かれるのは今後も変わらないと思います。映画の舞台挨拶で「令和のシャーロック・ホームズになります」と宣言したことがネットニュースになるのも、「平成のシャーロック・ホームズ」という言葉で時代と並行してきたからこそだった。令和においても、やはり青山さんがその時代に起きた感覚を取り込んでいくと思うんです。本に書いたように、青山さんが意図しなくても、震災やフェイクニュース問題は『コナン』の事件の起き方に明らかに影響を与えている。それと同様、元からあった黒の組織の設定がどうであれ、令和の社会を反映した作品として完結すると思います。最終的には、勧善懲悪になると思うんですが、ただ社会にある嘘を正すという構造が『コナン』の求めたものだと思うんです。だから現実社会がそういうものになっていけば、それを肯定的に描いて終わると思いますし、社会がそれを否定するなら、憎しみながら終わっていくのかなと。

(取材・文=安田周平)

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