『ウトヤ島、7月22日』エリック・ポッペ×松江哲明が語る、映画だからこそ伝えられること

ポッペ「キャストの精神的負荷は予想以上のものでした」

松江:撮影は全部で何テイク撮られたのでしょうか。

ポッペ:1日ワンテイク、月曜日から金曜日までの5日間行いました。最終的に使用したのは4日目のものです。1日目と2日目はあのシーンでハチがやってきました。今回は血糊ではなく、牛の血を使っているんです。それが虫をおびき寄せていたんだと思います。3日目は何も来なくて、4日目に蚊がやってきたのです。僕は神を信じているわけではないのですが、この物語を語るために、蚊を送り込んでくれたのではないかと今は思います。

松江:蚊という要素もあったと思うのですが、全5回のテイクの中で4日目を選んだ一番の理由はなんだったのでしょうか。手応えを感じつつも5日目も撮っているわけで。

エリック・ポッペ

ポッペ:最後のテイクはキャストたちが余りにも疲弊していたというのが使わなかった理由です。キャストたちがこの撮影を通して得た経験は大きなもので、特にカヤを演じたアンドレアンは、役に入り込み過ぎて5日目は演じきれなかったのです。撮影に入る前に重ねた3カ月のリハーサル期間は、銃声は一切使用しませんでした。キャストたちにより入り込んでもらうために、本番用にとっておいたのですが、こちらの想像以上に、銃声をともなう撮影は精神的に大きな負荷を与えていたのです。最終日は、犯人への怒りが溢れ、涙もこぼすキャストたちも少なくありませんでした。このバージョンも決して失敗したものではなく、大きな意味を持つものになるとは感じたのですが、センチメンタルになりすぎるのも違うなと。その結果、4日目がベストと判断しました

問題提起をし続ける意義

松江:日本での報道が限られていたウトヤ島での事件は、本作を通して多くの人に改めて認知されると思います。本作に圧倒されるのは、事件の全容を観客が体感することだけでなく、ウトヤ島で亡くなった少年少女たちの過去と未来が垣間見えるところにもあると思います。この事件が起きたとき、ノルウェーでは犯人に対して憎悪の感情をぶつけるというよりも、なぜ犯人がこの行動を取ってしまったのか、なぜ事件が起きたのかを、世論も訴えていました。現在の日本では何か事件が起きたときに、怒りに対して怒りをぶつけ合うような社会になっていると感じます。世界全体が不穏な空気に包まれる中、ポッペ監督は今後の世界をどのように捉えていますか。

ポッペ:現在の西欧諸国では極右思想が台頭しています。インターネット上ではヘイトスピーチが横行し、私たちはそれをずっと見過ごしてきてしまいました。アメリカのトランプ大統領が象徴的なように、それはネット空間だけではなく政治の世界にまで浸透してきています。ウトヤ島の事件も、そのようなヘイトスピーチに扇動された、たった1人の男によって引き起こされました。現在の状況では、ウトヤ島で起きたような事件がまた別の国でいつ起きてもおかしくないのです。とても残念なことに極右思想の人々のほうが狡猾にインターネットを使いこなすことができます。活字離れが進み、ニュースを読むとしても見出しだけ、せいぜい2、3行しか読まないわけです。そういったことを彼らはよく理解して、うまく操作している。しかし、これは現代に初めて起きたことではありません。歴史は繰り返すではないですが、政府の側が、メディアが報じているニュースを「フェイクニュースだ」と言い張る論法は1930年代にも起きていたことでした。その結果、世界大戦も起きてしまったわけです。絶対に同じことを繰り返さないためにも、何かを生み出す人、アーティストとして活動している人たちは、世の中に対する解決策を編み出すことができなくても、問題提起をする責務があると私は思っています。映画には確実に力があり、そういった映画作りがもっともっと生まれていかなければならないと思います。

(取材・文=石井達也/写真=服部健太郎)

『ウトヤ島、7月22日』本予告

■公開情報
『ウトヤ島、7月22日』
3月8日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督:エリック・ポッペ
脚本:ジヴ・ラジェンドラム&アンナ・バッへ=ヴィーク
出演:アンドレア・バーンツェン、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーンほか
配給:東京テアトル
提供:カルチュア・エンタテインメント、東京テアトル
(c)2018 Paradox
公式サイト:http://utoya-0722.com/

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