『アクアマン』大ヒットで生ける伝説へ 予測不能な天才監督ジェームズ・ワンの凄さの本質を紐解く
ワン監督は、既存のホラー映画の表面的な描写を模倣するのではなく、“恐怖の根っこ”をつかみだして、ラボラトリーで研究者が天然の材料から薬効成分のみを抽出して新薬を精製するように、当時アメリカでもブームになっていたJホラー映画の要素をもとり込みながら、安定的に新しい恐怖表現を生み出し続けることに成功したのだ。ゆえにワン監督は、若手監督ながら「ホラー・マスター」と呼ばれるまでになった。近年、アメリカでは質の高いホラー映画が多く作られているが、いまだ『インシディアス』ほど恐怖表現を俯瞰し得た監督はおらず、その先進性を超える作品は出てきていないように思える。
そのような内容的成功とともに、実験性をやや抑えて作風を幾分クラシカルにした『死霊館』は、人間ドラマの暖かみを先進性のなかに加え、奥行きを与えている。ここから、次のステップである大メジャー作品への挑戦が見えてくる。『ワイルド・スピード SKY MISSION』である。ホラー・マスターとして、このまま傑作を撮り続ける能力は、間違いなくワン監督にはある。にも関わらず、彼はアクション大作へと本格的に移行していく。これはいままでの多くのファンに衝撃を与えた。
ワン監督は、お気に入りの監督に、デヴィッド・リンチや、ジョン・カーペンター、ダリオ・アルジェント、黒沢清らの名前を挙げる一方で、じつはスティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、ジェームズ・キャメロンらへの憧れも述べており、自身の才能がスリラー、ホラーだけにとどまらないことを証明したい欲望があったようにも思われる。
そして、彼の目論見は『ワイルド・スピード』シリーズ最大のヒットを記録する大成功によって、実現されることになった。だが、この作品は非常に奇妙な印象もある。自身のアイデンティティでもあるカメラの回転演出が見られるように、ここでも惜しげもなく様々なアイディアが投入され、前後の整合性や自然な感情の流れよりも、アクションの持続やシーンのインパクトに偏重し、目まぐるしくスピーディーに特異な映像が展開していくのである。
そう、ここでもワン監督はホラー映画に行ったように、ジャンル映画の解体と構築を再び行っているのである。しかもそれが観客の支持を受け結果を生み出している。しかし、これを分析し、何が面白いのかを説明しようとすると、言葉がなかなか浮かんでこないのである。ワン監督は、もはや映画批評家、評論家の見る従来のメソッドを飛び越えて、観客の意識とよりダイレクトに接続するような文法を確立し始めたとすら思える。大衆娯楽とは何なのか、ヒット映画とは何なのか。それを批評家以上にシビアに分析しているように感じられるのだ。
そして、自身最大のヒット作であり、初のヒーロー映画への挑戦となる『アクアマン』は、さらにその先へ歩を進める。内容自体は明快この上なく、子どものような気持ちで楽しめる。そんな表面的なシーンごとの描写を評価することは可能だが、それ以上の内部的分析は、かなり難しい。『アクアマン』を十分に論じるためには、映画批評家、評論家自身も、新しい表現で対応する必要があるのではないだろうか。