色彩とジブリ作品の関係性とは? 三鷹の森ジブリ美術館「映画を塗る仕事」展を小野寺系がレポート
セル画の背後に存在する魂
「映画を塗る仕事」展では、宮崎監督が影響を受けたという、二つの作品のコピーが展示されている。一つは、高畑監督も参考にした、ロシアのイワン・ヤコヴレーヴィッチ・ビリービンによる、昔話絵本の挿絵だ。限られた色数でも、美しく複雑な世界を表現することに成功しているそのヴィジュアルは、水の表現や農村の風景、高台から見下ろした構図など、まさに宮崎アニメを髣髴とさせる。
もう一つは宮崎監督がロンドンのテート・ギャラリーで出会った、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの絵画『シャーロット姫』である。自然が美しく描かれた背景に映える鮮やかな人物と、水の表現のリアリティ。それぞれが理想的に調和した画面は、宮崎監督が理想とするヴィジュアルだったのだという。しかし、これだけのクォリティで細かいニュアンスをアニメーションで表現することは、少なくとも現在までのアニメーションの技術では不可能だといっていいだろう。
ビリービンの絵本の挿絵は、ある種の制約に縛られることで生まれる美しさが存在し、だからこそ同様の制約が存在するアニメーションに応用されたわけだが、もし可能ならば『シャーロット姫』のような、より詳細な世界を表現する夢を宮崎監督は持ち続けているはずだ。『となりのトトロ』や『もののけ姫』では、詳細に描き込まれた背景美術によって、一部その試みは成功しているが、動画で表現されるキャラクターについては、技術的な問題から、どうしても妥協せざるを得ない。宮崎監督がCGによる制作に興味を持ったのには、そのあたりの理由も大きいのではないだろうか。高畑監督もやはり、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)や『かぐや姫の物語』(2013年)などによって、いままでの制約から脱却を図ってきた。
つまり、創造性と職人的技術の結晶であるジブリ作品の数々は、より高い理想を持った高畑監督や宮崎監督にとって、それでもまだ中継地点に過ぎなかったことになる。逆をいえば、その作品ごとの手法が、当時のスタジオジブリにとって、最高の結果を出すことのできる最新形だったということだ。
もし宮崎監督が、今の時代に若い新人として出現したとしたら、やはり現状で最も優れた表現方法を選ぶはずだ。だいぶ以前から、「ポスト宮崎駿」という話題がささやかれているが、その意味では、表面的にジブリ風の手法を再現するような作品よりも、より新しい手法に挑戦するスタジオの方が、本質的に宮崎駿に近いといえるだろう。真の意味での「ポスト宮崎駿」は、必ずしも日本国内から出てこなければならないわけではない。
受け継ぐべき魂とは、表面的なヴィジュアルでなく、その背後に存在する高い志にある。そして、今回展示された作品たちには、間違いなくその魂がこもっている。三鷹の森ジブリ美術館に足を運び、実際に使用されたセル画などを直接見ることで、そのことを確かめてほしい。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■イベント情報
三鷹の森ジブリ美術館 企画展示「映画を塗る仕事」展
期間:2018年11月17日(土)~2019年11月(予定)
入場は日時指定の予約制で、 チケットはローソンでのみ販売。
・毎月10日より、翌月入場分のチケットを発売。
(c)Studio Ghibli
(c)Museo d'Arte Ghibli
三鷹の森ジブリ美術館公式サイト:http://www.ghibli-museum.jp/