色彩とジブリ作品の関係性とは? 三鷹の森ジブリ美術館「映画を塗る仕事」展を小野寺系がレポート
『もののけ姫』(1997年)使用色数:580色
いまでは、ほとんど全てのスタジオがデジタルによる彩色に移行しているが、アニメーションといえば、かつて「セル」と呼ばれる透明なシートに、仕上げスタッフが筆と塗料で一枚一枚色を塗っていくのが一般的だった。スタジオジブリも、この『もののけ姫』を最後にデジタルへの移行を果たしている。それだけに、このような従来の手法が使用されているこの作品は、これまでのジブリ作品の技術を総動員した、ひとつの集大成となっている。そこでは、色指定や仕上げなど、女性を中心とするスタッフたちが、宮崎監督の意図と、全体の統一感との妥協点を探りながら作品に彩りを加えていった。
東映動画時代からの「戦友」であり、『となりのトトロ』でも活躍した保田道世は、ここでは色彩設計を務め、既成の色に加え、独自にブレンドして色数を増やしながらひとつひとつをナンバリングし、膨大なカラーサンプルを作成して宮崎監督と議論しながら、重要な色を決定していく。リアリティを目指した配色であっても、現実に近い色を選べば正解というわけではなく、それが作品の中で現実感を持っていることが重要だという。例えば水の表現では、水量が多いと大きな一つの物体として色付けをして、少なければ背景に影響された色を指定するというように、ここでは職人的経験による、アニメ特有の「ものの見方」が必要になる。
今回の展示におけるハイライトの一つが、実際に使用されたタタリ神のセル画である。一部CGを使用してはいるが、ヘビのようにうねうねと絶えず動き続けるパーツを、さらに部分ごとに色を分け、実際に彩色しているのは、膨大な量の手作業をこなしたスタッフたちである。ここに特殊効果としてエアブラシでムラを作ったり、さらに“かすれた”ニュアンスを入れることで、タタリ神の“まがまがしさ”や人間への強い怒りが強調され、登場時のスペクタクルを醸成しているのだ。
『もののけ姫』の物語やキャラクターのベースには、宮崎駿本人による絵物語『シュナの旅』(1983年)があり、また原案の一部にはウィリアム・シェイクスピアの悲劇『リア王』からの影響が見られる。ここでは、人間と自然との関係が変化する転換点となる一大事件のなかで、様々な思惑が絡み合い拮抗するただ中に踏み込んだ、呪われた青年の冒険が描かれる。
90年代後半、バブル崩壊後の陰鬱と、災害や凶悪事件など暗い時代の気分が作品に影響し、多くの矛盾と問題が山積する困難な時代に放り込まれる子どもや若者たちの運命を暗示させるような物語は、『となりのトトロ』ほどの完成度には及ばないと感じさせるが、それは、答えが出ない問いを描くことに果敢に挑戦した結果でもある。『となりのトトロ』よりも色数が大幅に増加しているのは、上映時間の長さの影響もあるが、テーマがより複雑になっていることで、表現するものが多くならざるを得ないという事情もあったはずだ。
『もののけ姫』は、190億円を超える興行収入を記録する特大ヒット作となったが、その主要因が何だったのかは、いまだにはっきりしない。宮崎監督が公開当時、「自分が何を作ったかということを、総括し終わってないんです」と語ったように、そこには得体の知れない何かが潜んでいたように感じられる。
そしてそれが先鋭化されていくことで、本格的にデジタルへと制作環境が変化した『千と千尋の神隠し』(2001年)、『崖の上のポニョ』(2008年)の持つ“ただならなさ”へと結実していき、短編『毛虫のボロ』(2018年)では、作画にCGをとり入れた制作に挑戦していくこととなる。その意味で『もののけ姫』は、宮崎監督の作家としての第2のスタートとなる作品だったように思える。