“危うい儚さ”の趣里と“今までで一番大人”の菅田将暉 『生きてるだけで、愛。』が紡ぐ心の繋がり
寧子の社会復帰に懇意になってくれる仕事場は、彼女にとって世間の縮図だろう。良い人たちだけど、何かが違う。ほんの少しの違和感が、些細なことで弾けてしまう。仕事中に寧子が何度も閉じこもってしまうトイレは、俯瞰で撮られることによって狭くて四角い箱であることが強調される。その箱を避難所としてなんとかやり過ごすが、あることが引き金となり、故障したウォシュレットの水とともに一気に噴射した寧子の激情によって、スクリーンは雑多な部屋や仕事場の閉塞空間のリアリズムから脱却し、フレームが抽象化した幻想空間へと突入する。
寧子が全裸になる屋上の場面では、作為的に色彩が足されたかのようなネオンライトとはためく旗たちの装飾で、インスタレーションのような空間が演出される。2人が帰って行く部屋はキーカラーである青と赤の光で照らされ、全景的な闇の中で2人の顔貌を立ち上がらせる。ここで多用される顔のクロースアップは部屋という場所性を失わせ、寧子が踊り続ける夢うつつな舞台へと変容する。
ここを極点として、それまで平行線を辿っていたかのように見えた2人の心の繋がりが芽生える。幻想空間の中でだからこそ、より心が通じ合うことそれ自体が夢のような営みとして神格化されて描かれる。
「あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。いいなあ、津奈木。あたしと別れられて、いいなあ。」
「でもお前のこと、本当はちゃんと分かりたかったよ」
いつまでも別れられない「わたし」と、いつか別れてしまうことができる「あなた」。この2人にとって、それは瞬きの夢幻だったかもしれない。寧子はまるで一瞬の解放を祝福するようにゆらゆらと舞い踊り続ける。暗闇を恐れてはいけない。この2人のように、私たちもまた幾度も暗転してしまう世界で、そのたびにブレーカーをあげては生きていくのだから。
■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter
■公開情報
『生きてるだけで、愛。』
新宿ピカデリーほかにて公開中
出演:趣里、菅田将暉、田中哲司、西田尚美、松重豊、石橋静河、織田梨沙、仲里依紗
原作:本谷有希子『生きてるだけで、愛。』(新潮文庫刊)
監督・脚本:関根光才
製作幹事 :ハピネット、スタイルジャム
配給:クロックワークス
(c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会
公式サイト:http://ikiai.jp