佐藤健は大切なものに気づくことができたのか 『億男』高橋一生が伝えたかった“無限の価値”

 こんな友達思いの奇特な男の周辺人物たちを、一男は一人ひとり当たっていく。キテレツな億万長者である彼らからお金についての独善的なレクチャー受けながら、翻って一男は妻や娘、そして自分自身を顧みることとなる。家族や友情の存在の大きさを再認識し、少しばかりの成長を見せ、手がかりをたどって目的地である九十九の元へと向かうのだ。そのうちに九十九の知らぬ一面が見えてくるのだが、およそ10年間も疎遠になっていたのだから当然のことである。

 そうでありながら九十九を頼ろうとするあたり、この男のエゴイスティックな態度もまた否定できない。良く言えば“人のいい男”ではあるのだが、自分の浅はかさが原因で借金したにも関わらず、家庭そっちのけで借金返済に躍起になっていた。もちろん家庭を守るためには、借金完済は最優先事項かもしれない。そんな中、一男と妻・万左子(黒木華)が出会った頃の光景がフラッシュバックされるとき、彼らの間で長田弘の詩集『世界はうつくしいと』がフィーチャーされているのが印象深い。これの表題作には、“あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。”という一節がある。まさに一男はこの毎日に、鮮やかさを見出すことを忘れていたのだろう。

 一度生まれた親友との友情が、どれだけ疎遠になろうとも、生活環境が変わろうとも、現在も息づいていること。そして、取るに足らないようにも見える日常に、鮮やかさを見出すこと。そんな小さな気づきこそ、一男に与えられた、生活を豊かにする“劇的変化”だと言えるのではないだろうか。3億円の使い道を相談する頼るべき友は、それ以前に、ただ純粋に友なのだ。そして愛娘の成長や家族との心落ち着く時間、これらはもちろん、お金では買えないものである。

 さて、一男は九十九の元へとたどり着くが、いま一度手にした大金を抱える彼は、去りゆく友を追いかけることはしない。そして、娘には一方的に自転車を買い与える。そもそもこの冒険のはじまりは、娘が商店街の福引きの景品である自転車を欲しがったところにある。幸い娘は喜んでいるが、買い与えた自転車は欲しがっていたものとはどうやらタイプ違いのもののよう……。まだまだ、一男の冒険は続いていくこととなりそうである。

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。

■公開情報
『億男』
公開中
キャスト:佐藤健、高橋一生、黒木華、池田エライザ、沢尻エリカ、北村一輝、藤原竜也
原作:川村元気『億男』(文春文庫刊)
監督:大友啓史
脚本:渡部辰城、大友啓史 
音楽:佐藤直紀
主題歌:BUMP OF CHICKEN「話がしたいよ」(TOY’S FACTORY)
配給:東宝
(c)2018映画「億男」製作委員会
映画公式サイト:http://okuotoko-movie.jp
映画公式Twitter:@okuotoko_movie

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