アジアの超富裕層の光と影? 『クレイジー・リッチ!』2つの“格差恋愛”が伝えるもの

 わけても劇中で印象的な存在感を示す、一族の女性アストリッドとその夫にまつわる逸話はとても悲しい。超富裕層の妻と釣り合わない元軍人の夫は、格差婚と周囲の目に悩んでいる。美しい容姿とファッションで注目の的となるクレイジー・リッチなセレブ妻と、地味で存在感のない夫。夫は事態をどうにか挽回しようとみずからの会社を起業するが、一族からは蔑まれた存在のままだ。稼ぎの少ない男、甲斐性のない夫と周囲にからかわれるうち、彼は自信を喪失して浮気に走ってしまう。夫のコンプレックスを刺激しないよう細心の注意を払う妻だが、そうした気配りすら夫を傷つけてしまうという悪循環。男らしくあらねば、という強迫観念に取り憑かれた夫は悲しい存在だ。お互いを愛し合っているにもかかわらず、夫が“男らしさ”に固執するばかりに、夫婦の愛は壊れてしまう。妻が夫へ伝えた言葉はとても悲しい。「あなたに男らしさを取り戻してもらうのは私の役目じゃない。別の人間に変身させるなんてできない(It was never my job to make you feel like a man. i can't make you something you are not.)」。妻の嘆きにもっともだと納得すると同時に、甲斐性のない自分に嫌気がさして浮気をしてしまった夫のやり切れなさも理解できる。「~らしく」の呪い。もしあの夫が「男らしさを競うなど無意味ではないか」と開き直ることができれば、あるいは夫婦は幸せに暮らしていけたのではないか。一族の持つ歪みは、こうした形で不幸をもたらしてしまう。

 「~らしさ」にまつわる細部の積み重ねがあるからこそ、自分を押し殺して周囲の期待する役割を果たすだけの虚しい生き方は止めよう、と高らかに宣言するラストに胸が熱くなる。あらためて考えてみれば、ニックは裕福で容姿がいいだけではなく、恋人を大事にするし、相手の話をきちんと聞いて、敬意や愛を態度で示すことができる。かくして映画は、このように完全無欠な男性に求婚されたら失神してしまうのではないか、という多幸感全開のエンディングへとなだれ込んでいく。景気のいい打ち上げ花火のまぶしさに圧倒されつつ、観客はこの幸福なカップル誕生に快哉を叫ぶのだ。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

■公開情報
『クレイジー・リッチ!』
公開中
監督:ジョン・M・チュウ
原作:ケビン・クワン著『クレイジー・リッチ・アジアンズ』(竹書房)
出演:コンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ヨー、オークワフィナ、ソノヤ・ミズノほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2018年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/英語/121分/原題:Crazy Rich Asians
(c)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

関連記事