“共時性”を持ち“個人的な”作品を生む是枝裕和と坂元裕二 『万引き家族』『anone』の共通点を探る

 先に挙げた対談のなかで、是枝監督に、「そのまま放っておくと父親、母親になれない人たちが、なろうと努力する話が多いですよね。それは意識されて書いているんですか」と問われた坂本裕二は、それに対して次のように答えている。

「たぶん(笑)。僕は本質的にはひとりが大好きで、放っておけばずっとひとりでいられるタイプなんです。でも、いつからかそれがいいとは思わなくなって……。ドラマの主人公たちが、努力して人と会ったり話したり、あるいは努力して結婚したり父親になったりするのは、自分がそうできないタイプだからこそ、自然と出ているのかなという気はします」、「自分のことを書いているというより、個人的なことを書こうという意識が強いです。『生きづらそうな人を描くね』『不器用な人を描くね』とよくいわれるけれど、それを描こうとしているのではなく、一生懸命人と付き合おうと努力している人を描きたいと思っているんです」

 社会的であるよりも前に、個人的であろうとすること。それは是枝監督も同じなのではないだろうか。ちなみに、『万引き家族』の公式プログラムに「祥太と治と是枝さん」と題したコラムを寄稿している坂元裕二は、そこで自身の体験とエピソードを交えながら、『万引き家族』に対するユニークな見解を披露している。いわば、“孤児たちの物語”としての『万引き家族』だ。幼少時代に感じた「親に捨てられるんじゃないかという根拠のない不安」のせいか、大人になったいまでも坂元は、どこかで子どもを見かけるたびに、その眼差しの中に、同じ“不安”があるかどうか探してしまうという。

「『万引き家族』の中にはそんな眼差しがたくさんあって、おまえも捨てられるのが怖いのか? とひとりひとりが確かめ合っているように思いました。そんなこと誰も自分からは口にしないし、聞き出そうともしません。だけど探さずにはいられないみたいで、相手が言わずにいる言葉に耳を傾けること、相手が見せずにいる表情を見つけることにみんな躍起になっている。そうやっていつの間にか集まってしまって、あの人たちは家族になっているんだなと思いました」

 さらに坂元は、『誰も知らない』にはいないけれど、『万引き家族』にはいる人物として、リリー・フランキー演じる“父親”の存在を挙げながら、そこに是枝監督自身の姿を妄想するのだった。曰く、“孤児になった父親”としての是枝裕和。その具体的な“見立て”については、プログラム所収のコラムを参照してもらうとして、是枝監督自身がシンパシーを感じているという坂元裕二のこれらの発言や文章から見えてくるものとは、果たして何なのだろうか。

 それは、『万引き家族』という映画は、共同体からこぼれ落ちた“インビジブル ピープル”を描いた“社会的な”作品である以上に、「我々は誰もがみな、ひとりである」という是枝監督自身の“個人的な”思いから始まった作品ではないかということだ。『万引き家族』を観終えたあと、心の奥底に広がったものは、「家族とは何か?」という問いかけでも、いわんや「貧困とは何か?」という問いかけでもなかった。むしろ、「家族がいるいないにかかわらず、私たちはみな、ひとりなのだ」という思いだった。けれども、だからこそ……だからこそ、私たちは、他者と関わろうとするのではないか。“疑似家族”というのは、あくまでも、そのひとつの“型”に過ぎない。本当に大事なのは、そうやって互いに関わろうとする、“感情の交感”そのものにあるのではないか。そして、ほんのわずかなひとときですら、それを確かに感じることができたのならば、その記憶や思い出をよすがとして、たとえ目の前に“家族”がいなくとも、私たちは自らの足で立って、歩いてゆくことができるのではないか。

 『anone』と『万引き家族』の結末は、いずれも一見すると悲劇的ですらあるような、ほろ苦いものとなっている。しかし、半ば強制的にバラバラになることを余儀なくされたそれぞれの“家族”は、しばらくしてのち、緩やかな再生に向かって動き出すのだった。“再生”といっても、再び同じ形に戻るわけではない。数年後、亜乃音と再会したハリカは、久々の“一家団欒”の場で、家を出てひとりで暮らすことを宣言する。一方、治と祥太とついたて越しの再会を果たした信代は、彼らにある事実と自らの決意を告げるのだった。彼女たちの意思は、必ずしも何かの終わりを意味しない。むしろ、新しい始まりを意味しているように思えた。ひとつ屋根の下で、仲睦まじく暮らす“家族”ではないかもしれないけれど、彼/彼女たちのあいだには、それこそ“インビジブルな絆”が、確かにあるのだから。

 映画監督と脚本家という異なる立場でありながら、ある種の“共時性”を持ちつつ、ときにお互いの作品に大きな刺激を受けながら、他の誰とも違う“個人的な”作品を作り続けている是枝裕和と坂元裕二。ここへ来て、また急速に近づいてきているようにも思える彼ら2人は、『万引き家族』と『anone』という作品を世に送り出したあと、いったい何を描き出してゆくのだろうか。同じ時代を生きる者として、複雑に絡まり合いながら進んでいく、彼ら2人の今後の作品に、引き続き注目していきたい。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter

■公開情報
『万引き家族』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
製作:フジテレビ、ギャガ、AOI Pro.
配給:ギャガ
(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku

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