不道徳さと道徳的な要素が密接に絡み合う 『モリーズ・ゲーム』の立体的で複雑な人間像

小野寺系の『モリーズ・ゲーム』評

 モリーのパーソナリティに深い影響を与えたのが、心理学教授である父親(ケヴィン・コスナー)の、厳格な教育姿勢と家庭環境にあったことも、本作は描いていく。きわめて優秀なモリーだが、上には上がいるもので、彼女の弟ジェレミー・ブルームは、さらに輪をかけて優秀だった。

 劇中ではジェレミーの情報があまり出てこなかったが、彼はモーグル競技でオリンピック入賞を果たし、アメリカンフットボールのプロチームに入団。負傷してプロ選手の道をあきらめてからは、マーケティングソフトウェア会社を立ち上げ、その成功によって世界的経済誌『フォーブス』が、彼を「最も影響力ある30歳未満技術者トップ30人」に選んでいる。モリーが法律家という“正しい道”を選ばなかった背後には、オリンピックに出場できず父親の評価に応えられなかった過去と、こんな非常識な能力を持ったスーパーマンのような弟へのコンプレックスがあったのだ。このように人格形成の根源を辿ろうとするアプローチは、実在したメディア王の実話を基にした名作映画『市民ケーン』からの影響が大きいはずだ。

 本作が初監督作となる、アーロン・ソーキンは、『ア・フュー・グッドメン』(1989年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『マネーボール』(2011年)という名だたる映画の脚本家である。なかでも『ソーシャル・ネットワーク』は、「新時代の『市民ケーン』」という評価もある。『スティーブ・ジョブズ』(2015年)も同様、いまではソーキンは、一部でそういった伝記映画を引き受ける役割を担っている。

 ベストセラーになったモリー・ブルームの回顧録は、FBIに逮捕されるところまでが語られていたが、この映画では、その後行われた裁判の様子を描き、弁護士(イドリス・エルバ)に事件の顛末を語っていくという構造で物語が展開していく。ソーキンは、2年ほどの期間のうちにモリー・ブルーム本人から回顧録に書かれた以上の内容を聞き出したというが、この関係が、そのまま劇中のモリーと弁護士との関係に投影されているように思える。

 劇中では、『るつぼ』という、アメリカで起こった魔女裁判騒動や、それにともなう司法取引などを題材にした、劇作家アーサー・ミラーの戯曲を登場させているが、その内容とモリーの物語との類似性を指摘しているのも面白い試みである。

 モリーの行いは確かに問題があり、犯罪の温床を作り、不幸なギャンブル依存症を生み出した罪があるといえよう。本作では、脚本執筆に協力したモリー・ブルーム本人の主張が中心になっているため、そのあたりについては、彼女にとって都合よく描かれているのではないかという印象もある。だがそれでも、売春問題などがそうであるように、賭博にまつわる社会問題の原因を、場所を提供した彼女一人に背負わせて「魔女」として法や世間が断罪することでは、根本的な解決には至らないのだということを、この映画は語っている。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『モリーズ・ゲーム』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督:アーロン・ソーキン
出演:ジェシカ・チャステイン、イドリス・エルバ、ケヴィン・コスナーほか
配給:キノフィルムズ
原題:Molly’s Game/2017年/アメリカ/英語/カラー/シネマスコープ/140分/日本語字幕:松浦美奈 /字幕監修(ゲーム部分):日本ポーカー協会/PG-12
(c)2017 MG’s Game, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://mollysgame.jp

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