松江哲明の“いま語りたい”一本 第28回
実写映画を超える思春期のリアル 『リズと青い鳥』に見る、京都アニメーション作品の映画的手法
彼女たちが通っている学校は女子校ではなく、共学なのですが、男子生徒の姿はほとんど映りません。会話の端々で男子が確かにいることは匂わせるんです。みぞれの今の心境を考えると男子が映らないのは自然なことなのでしょう。この演出を実写映画でやってしまうと、露骨に男子を排除しているような違和感が起きてしまう。そういったアニメーションならではの良さを活かしながら、本作は実写的な演出が随所に施されています。僕はこの演出に気付いたとき、高校生の頃、女子が僕らとはまったく違う世界を見ていたことを思い出しました。
登場人物たちの足元や手、視線など、何気ない動きを丁寧に描き、それをリフレインさせることで心情の変化が観客にも伝わってきます。元々は絵であるはずの彼女たちが、まるで芝居をしているように見えてくるんです。
その意味で本作は、中原俊監督作『櫻の園』や、市川準監督作品『つぐみ』『あしたの私の作り方』などに似ていると言っていいかもしれません。主人公の少女から距離を置きながら、じっとその成長を見守っている感じとか。2015年公開の『心が叫びたがってるんだ。』を観たときにも感じたのですが、現在は実写よりもアニメーションのほうが、等身大の高校生の感情を描きやすい時代なのかもしれません。現在、少女漫画の実写映画が非常に多いですが、同じ学校を舞台にした作品でも、演じている俳優さんたちは20代の方がほとんど。それが悪いわけではないのですが、設定や展開される内容が現実とかけ離れてしまうものが多く、“ファンタジー”と言ってもいいぐらいです。そんな実写映画のファンタジーに対して、今の高校生たちがどんなことに悩んでいるのか、どんな人間関係を作ろうとしているのか。世間や社会に対して、どんな憤りを感じているのか。そういった思春期のリアルが、本作のようなアニメーション作品には詰まっていると感じています。
アニメーションだから、シリーズものだからと敬遠するのではなく、本当にいろんな方に観ていただきたい作品です。大袈裟な見せ場やオチがある作品ではありませんが、見応えは十分にあります。付けている芝居は最小限でも、観客にその世界観に入り込ませる世界観の構築と演出力があるから、動かない時間が表現として成立させています。実写映画の場合は役者が動かない時間にも、カメラを通してそこには空気が流れていて、そのシーンが停滞するわけではありません。例えば僕にとっては市川準監督がその名手でした。ただ、アニメーションにおいては、動かない時間はただの静止画になってもおかしくなかったはず。止まっていることと動かないことは違うのです。それをアニメーションで作っている京都アニメーションのみなさんには脱帽するしかありません。
アニメーションで動かない時間を巧みに描いていた監督と言えば、押井守監督です。押井守監督も山田尚子監督も、停滞する時間をただの静止画にしません。実写とアニメーションの違いや、映画か否かといった問いは今までもありましたし、これからもあると思いますが、僕は映画を観るときに注意することのひとつに「時間の流れ方」があります。そういう意味では『リズと青い鳥』には僕が求める「映画」がありました。
(構成=石井達也)
■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作は山下敦弘と共同監督を務めた『映画 山田孝之3D』。
■公開情報
『リズと青い鳥』
全国ロードショー中
原作:武田綾乃(宝島社文庫『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
音楽:牛尾憲輔
キャラクターデザイン:西屋太志
美術監督:篠原睦雄
色彩設計:石田奈央美
楽器設定:髙橋博行
撮影監督:髙尾一也
3D監督:梅津哲郎
音響監督:鶴岡陽太
音楽制作:ランティス
音楽制作協力:洗足学園音楽大学
吹奏楽監修:大和田雅洋
アニメーション制作:京都アニメーション
配給:松竹
(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
公式サイト:http://liz-bluebird.com/
公式Twitter:@liz_bluebird